第9話 私の知らない光の秘密
朝、早い時間から塀に隠れていると、九時すぎに光は庭から出てきた。スマホをしまって、後を追った。
今日も私服で、靴は相変わらず真っ白なスニーカー。手持ちカバンすらもなくて、身軽な感じ。頭の位置が定まらなくて、目はずっと下を向いてる。カクッカクッと足に障害があるみたいに田舎道を歩いていく。ぷらぷら揺れる指先は、干し肉みたいだった。
ふくらはぎ、ソックス、麦わら帽子、ワンピース、スーパーで買ってきたみたいなデザインだ。家にあったやつかな。
トラクターのエンジン音なんかが聞こえてくる道を、光はひた歩く。十五メートルくらい後ろを歩いてるのに、全然気づく様子がない。
のんびり眺めてると、あくびが漏れてきて、口を押さえた。
光の足は森へと向いた。でこぼこする土剥き出しの地面を踏んで、奥へ奥へと進んでいく。気づけば周りは薄暗くて、光の背中も明るくなったり、暗くなったりした。よくコケないなあ、あんな歩き方して、もしかして演技? まさかぁ。
ちゅくちゅくちゅーみたいな蝉の鳴き声をたっぷり聞きながら、森を進む。いつの間にか足元が石になっていて、そこらじゅうが割れている。光の足跡がなくなって、代わりに乾いた足音が聞こえるようになった。
少し行ったところで、光が足を止めた。丸まった背中を動かして、首を左に向けた。穴だらけの低い塀が、森の一角を囲んでいた。黒ずんでいてコケまみれ、床と同じくところどころ割れている。
塀の間に、石畳が伸びていて、光はまっすぐその中へと入っていった。
背中が見えなくなってちょっとしてから、私もそっちに行った。
中には灯籠がたくさん立っていて、参道がある。鳥居はなくて、奥にはこぢんまりとした木の建物が立っている。森の隙間から漏れてきた日差しが、藁のような屋根に降り注いでいた。
「お寺……こんなとこに」
短い階段を上って、割れた扉の隙間をくぐり、光は建物内へと消えていった。
これかぁ、昨日もここにいたんだ。秘密基地、光もちょっと子供っぽいところあるなあ。ふうん、へえ、そっかあ、昨日も。
斜め前の石畳が滲んで見えた。眉とまぶたが顔より先に上がった。口を閉じると、肺に溜まっていた空気が一気に鼻から出ていった。
建物を見る。入口を見る。光、もう見えない。
こめかみより少し上のあたりを、挟まれているような感じがした。頭がどくどくいってる。
丸めた拳がもぞもぞ動く。ぬめっとした指が手の平を叩いたり、離れたり。
やっぱり散歩って嘘だったんだ。こんなとこにいるなんて。
鼻から吸った空気が、鼻から出ていく。
「なんで」
別によくない、言っても。そんなに嫌だったわけ。迷惑だみたいな、そういうこと言いたいの。いつもそれかよ。
目が乾いて、骨に隠れてる部分がただれた。頭の周りがちりちり、ちりちり、輪っかになってしめつけてくる。歯が噛み合って、ねじれるような音がした。
やっぱり馬鹿にしてんのかな。中で笑ってんかな。
目を閉じて、息を吸って、塊のまま吐き出した。
「ま……行けばわかるか」
あーあ、光もか。
ぐらぐら揺れる足元を見ながら、お堂に向かった。
繰り返されるため息を、聞きながら。
斜めに破れた扉の隙間をくぐり抜ける。中は細い線のような太陽光が差し込んでくるだけの、陰気臭い場所だった。粉みたいな埃が照らされていて、それを避けるように光は座っていた。壁に背中を預けて、膝を抱えている。つま先なんかを見ていて、なかなかこっちには気づかない。
暗い顔。目を開けてるのに生きてる感じがしない。光って仏像だったっけ。
シーンとして音はない。光は私を見ない。踏み込むと、ぼとんっという低い音が響いた。
光の顔が上がる。ゆっくりと目が見開かれる。意思なんかないように口が動くのが見えた。
「ぇ……」
「あー、やっぱり、こんなとこにいたんだー! 絶対光だと思ったもん、そっかぁ、昨日もここにいたんだぁ」
「い……稜月ちゃ、ん……? なん、で」
「なんでもないよぉ、光はどこを散歩してたのかなあって探検してたら、後ろ姿が見えるじゃない、えーって思ってね、そしたらここに入ってくからぁ、まさかって思って追いかけてきたの」
光は大きく開けた目を閉じたり開いたり、何度もまばたきしていた。
「だ、だって、え、えぇ、今日は学校でしょ、どうして、そんなこと」
後ろに下がろうとした光の肘が壁にぶつかった。逃げるんだ、逃げたいんだ、三奈木光。
私から。
「どうしてって……学校より、光のことがもっと知りたかったから……だめ?」
「ぇ……だめっていうか、なんでそれをするの、どうしてわたしのことなんか」
下唇を指でへこませながら、光に近づく。斜めに歩いて、近すぎず遠すぎず、ぎりぎり見下ろしてるって言えるくらいのところで止まった。
首をかしげる。
「もっと仲良くなりたいからじゃ、いけなかった?」
「だからなんで仲良くなんて……あ、あ、ごめんなさい、嫌とかじゃなくて、えと、えと、理由がわからないそんなにつきま……わたしのことばっかり」
「そうだね、ちょっと付きまとってるって思われても仕方ないのかも。でもさぁ、理由って必要? 光っていいなぁ、お友達になりたいなぁって思っちゃったの、それだけだよ」
「それ、だけ……」
間抜けに口を開けて、光は頬をぴくぴくさせてる。目の下が膨らんで、落ちて、また膨らんで、びくん、びくんって、ホラー映画みたい。
目を細めて、軽く歯を見せた。
「そ、それだけ。ね、隣座ってもいいよね」
「え」
小走りで、もっと近づく。光のすぐ横に腰を下ろす。腿をくっつけようとしたら、光は腰をずらした。
ずらした。




