第6話 勝手に死なないで
「こまりんってそんな感じだったんだ。見てるだけじゃわかんなかった」
「どういうつもりですか、私別に変なことしてる気ないですよ」
「言葉に滲み出てんだよなあ……まあいいけど」
「これからは気をつけます。それで、光のことなんですけど」
「……あたしのいとこに一体なにをしようとしてるんだよ」
「えー、やだなぁ、仲良くなりたいってお話しましたよね」
「そりゃそうなんだろうけど、すげえがっついてくるからさ。合コンの野郎連中みたい」
舌打ちを口に力を入れて抑える。いちいちムカつく言い方するなこの女。
「そんなふうに見えちゃいますかあ? でも、変な気持ちなんてないんですよ、ほんとに光のこといいなあって思って、けど、ほらあの子自分のこと話してくれないじゃないですか」
「話したくないんだろ。じゃああたしが言うことでもねえよ」
抑える、舌打ち。
手をついてカウンターに身を乗り出す。
「お願いします……本当にお願いします」
頭を下げる。目を瞑る。前歯が擦れてしゅるしゅると音を出す。
「ほんとにほんとに知らなきゃダメなんです、光のこと、私が」
ギっとパイプ椅子が鳴いた。
「そこまでする理由は? 昨日会ったばっかりだろ」
「それはそうです、そうですけど」
顔を上げた。みちるさんの、目を見る。
「あの子のことが……好きなんです、あ、あ、別にそういう意味じゃなくて……人として、いいなって、それじゃ駄目ですか、これだけじゃ信じてもらえませんか」
みちるさんの目が、斜め下を向いた。
「理由としちゃ三流だな、そんなんであたしが身内の秘密を話すかって言われたら、話さねえよ」
沈黙。みちるさんは自分の手元なんかを眺めている。なにかないかな、仏壇を見たことを……いやそれはまずい、他になにか、そうだ。
「……光、駅で泣いてたんです」
みちるさんの顔が、ゆっくりと上がった。小さく口を開けて、私を見ている。
「本当に涙を流してたのかはわかりません、でも、線路を見つめて、暗い顔をしてたんです。心がどこにもないような、今すぐ消えちゃいそうな、そんな感じで。だから声をかけさせてもらったんです、放っておけないって」
「それ、本当か……いや、まあ、疑うことでもねえけどよ」
「お願いします。私のお願い、聞いてくれませんか、あんな顔」頬の上がぴくっと跳ねた「もう、見たくないんです」
結んだ口に力を入れる。喉を引き締める。表情を変えないようにして、見つめ返す。
また沈黙。みちるさんは目を伏せて、顔を上げて、「はぁぁ」と地面に吹きかけてるみたいな深い溜息を吐いた。
「あいつを傷つけないって約束するか。下手なこと言ったら承知しねえぞ」
「はい、約束します」
見つめ合う。数秒経って、みちるさんはまた深い息を吐いた。
「わかったよ、聞け。光が自分で言い出すまで誰にもバラすんじゃねえぞ、いいな?」
「はい」
頷くと、ようやくみちるさんは、渋々といった感じに話し始めた。
「……ちょっと前に震災があっただろ。あいつは……光の家族はその被災者なんだ」
「震災……」
みちるさんは少し顔を伏せて、目を左右に動かしている。言葉が出てくるのが遅い。
「家族が、な、亡くなったんだ、あいつを残して。しばらく避難所にいて、最近こっちに来た、そういう事情だよ」
「どうして向こうに残ってたんですか? ご家族を探してたとか」
「鑑定には時間がかかるんだよ、遺体のな。それ以上聞くんじゃねえぞ」
沈黙。なにも聞こえなくなった頃に、言った。
「そう、だったんですか……だから光はあんなに……」
「あんなにじゃねえよ、あいつなりに頑張ってんだ。あんま変なこと言うなよ」
「はい、約束します。そういえば学校は」
学校はっていうか、光はどこだ。転校してきてる、昨日の今日で、だったらいいけど、じゃなかったら、今は。ぐる、ぐると目が動いて、最後にみちるさんを見た。
「光はいま、どこにいるんです、家ですか? 家ならいいんです、家ですよね?」
みちるさんは眉間にシワを寄せた。
「ぁぁ?」斜め上を見たまま、みちるさんは黙り込む「あ、この辺を散歩するとかって言ってた。馴染みねえから気になるって」
「散歩……」
「なんだよ急に、なんか気になることでもあんのか」
「いえ、別に。ただ、今どうしてるのかなーって気になって。案内するって約束してたものですから。あ、どこらへん歩くとか、なにか聞いてませんか?」
「どこらへんってもなあ」
また変なところを見つめて悩みだす。早くしろ。もういいかなこいつ、どうせなんも知らないだろうし、人のいないところ探せば「あ、そうだ」
みちるは拳で手の平を叩いた。
「暑くなってきたら森の方に行ってみたらってばあちゃんが――」
「ありがとうございました」
ガラス戸を見る。歩き出す、早歩き、走る。やばい死んじゃう、くそう、順番間違えた。ああ、光、もうちょっと我慢してもうちょっと、死なないで。
戸に全力疾走、身体をぶつけて押し開ける。後ろからみちるさんの声が聞こえる。
「おーいこれ買うんじゃなかっ……んだってんだよあいつ」
駐車場の途中まで走って止まって、首を振る。どっち、光はどっち、森、森って言ったらいっぱいある、曖昧なんだよ。舌打ち。でもそうだ、そんな遠くはないでしょ、家のそば、だから。
「あっち」
振り返って、店より離れた奥に広がる木の集まりを見た。青空の下で、生い茂ってる。あそこに光がいる。
いかなきゃ。
巻き込んだ親指をぐっと握りしめ、駐車場の外にまた走った。




