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死にたがりのあなたがいちばんすき〜自殺を止めてあげたのに、あの女の子は知らんぷり。もういいって背を向けたら、「いかないで」と泣きついてきた〜  作者: 光
第三章 忘れていたって、覚えていたって【side光】

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第44話 もういちど始めよう

 いつのまにか足元は土からアスファルトに変わって、畑ばっかりだった景色は、ぽつぽつとお家が立ち並ぶようになっていた。

 倍くらいに道幅の広くなったそこを走っていると、奥の方から稜月ちゃんが歩いてきた。Tシャツにハーフパンツっていうラフな格好で、ゆっくりとわたしの方にやってくる。


「稜月ちゃん!」


 呼ぶと、ぴくっと反応して、少し下がっていた顔が上がった。稜月ちゃんは、足を止めてじっとわたしを見ていた。

 近づくたびに、稜月ちゃんがおっきくなった。気の抜けたような顔をして、ぽつんと立っている。胸の奥がくすぐったい。ぞわぞわが広がって、頭の中はチーズみたいになってる。


「光? どうしたの、そんな慌てて」


 稜月ちゃんの目の前で止まって、膝に両手を置いた。ふー、ふー、息を整える。どくんっと胸は早めに動いている。空気をどれだけ吸い込んでも、小さくなってくれない。


「あの、あのね、やっと会えた……稜月ちゃんに、で、でね、会いたかった、今日、ずっと」


 稜月ちゃんは無表情のまま、じっくり観察するみたいにわたしを見つめていた。


「光、なんか……あ」


 ぱぁっと稜月ちゃんの表情が明るくなった。ほっぺを浮かせて、目は細くなってる。


「もしかして、欲しかったの? 我慢できないなんて、うふ、そんなにいいんだ」


「おいで」と、稜月ちゃんは両腕を広げた。

 それを見て、顔の温度が急に下がっていった。胸も、頭も、ずしんと沈んでいく。笑顔はほどけて、だらっと口が開いたまま。湿気と熱がやってきて、まとわりつく汗を感じた。


「どうしたの? ほしかったんでしょ、我慢しなくていいんだよ」


 笑顔の稜月ちゃんは、手の平を上に向けたまま小さく首を傾げた。


「あのね、今日のこと、お話ししたかったんだ。そういうのは……」


 人差し指で、右手の甲を撫でた


「あとにして……あとに、しよ」

「え」


 稜月ちゃんから、笑顔が消えた。だらっとほっぺが落ちて、口は半開きになった。


「ね、いいよね?」


 微笑んでも、稜月ちゃんの表情は変わらなかった。



 村で数少ない高い場所。ただの土手の上を縦に並んで歩いた。わたしが前で、稜月ちゃんが後ろ。足を止めてもすぐにはぶつからないくらいの間を開けて、追いかけられてる。

 視界の奥に黒くなった木の傘が見えて、その上には、ずっとどこまでも星空が広がっていた。白い点々が連なって、川になって、淡く光って空を流れている。たかーいたかい空、手を伸ばしても届かない天の川。


 しばらく歩いてから、夏草生い茂る土手の斜面に座った。上半分には空いっぱいのお星さまが、下半分には夜をもっと暗くしたような山嶺が遠くに見えていた。


「すごーいお星さま。あんなに光ってるんだ」

「なにそれ、いままで気づかなかったんだ」


 稜月ちゃんは脚を三角にして座って、まっすぐに遠いところを見つめていた。その横顔からはすっかり力が抜けてしまっていて、ただただぼーっとしているように思える。


「わたし、ちゃんと話したよ、自殺のこと……稜月ちゃんとお付き合いしてること」

「え」


 スローモーションみたいに、稜月ちゃんはこっちを向いた。


「ひか、光が……うそ、そんなこと、できるはず」

「うふふ。ね、自分でもそう思った。けど、できちゃった、変だね」


 目を点にしたような稜月ちゃんは、ふらふらしながらわたしを見つめていた。


「なんで、なんでそんなこと言ったの。それじゃ光が、頭のおかしいやつだって思われちゃう。ダメだよそんなこと言ったら、言ったら、これまでみたいにはいられなくなっちゃう」

「どうしてって、稜月ちゃんが言ったほうがいいよって教えてくれたから。だから、頑張れたの」


 身体を動かして、稜月ちゃんに近づいた。手で芝生を押して、顔に顔を近づける。もう少しで、鼻がこっつんこする。シャンプーの香り、稜月ちゃんの匂い。


「わたし、稜月ちゃんがいい。ふたりで一緒に、学校に行きたい」

「私は、そんなの」

「嫌なんだよね、知ってる。でも大丈夫だよ、きっとふたりでいれば、どんなところでも楽しいよ」


 まん丸の目、青い顔、白くなった唇、わたしを見ている瞳。


「違うの、そんなこと言ってるんじゃないの、私は辛いって、そういう話を、ぁ」


 わたしのほうから、稜月ちゃんに抱きついた。


 稜月ちゃんの瞳はぷるぷると震えていて、視線は定まってない。時折うめき声のように短い声を漏らすけれど、言葉にはならない。


「稜月ちゃん」


 好き、この人のことが「大好き」

「ひか――っん」


 回した腕で稜月ちゃんの背中を引き寄せた。口に、口を持って行く。いつもと、逆。

 唇と、唇が触れ合った。舌先がちょこんと触れて、ざらざらした感触があった。ツーンと頭の中に甘くて濃い匂いが漂う。


 たった三秒間だけ、そうしていた。


 重なり合った身体から、心臓の音までも聞こえてきそうだった。



 身体を離して、きょとんして意識が飛んでいそうな稜月ちゃんに伝えた。


「あのね、わたし、これでも頑張ったの。それでね、その、たまには、こっちからもお願いしたくて、したいことがあって」


 上半身が勝手にうねうねする。ん、んん、とかなんか甘すぎる声が、自分の喉から漏れていた。


「うぅ……んん……んー……だからね、試験が終わったらご褒美ほしい」


 パチ、パチっと稜月ちゃんはまばたきをした。


「ご、ほう、び?」

「うん……、えと、デートに行きたい、お買い物、初デート」

「初……いや、初じゃないじゃん」

「彼女になってからは、初なの。ね、いいでしょ? お願い」


 胸の前で手を組んで、ただ返事を待った。


 稜月ちゃんはあからさまにため息を吐いて「もう、なんでもいいや。わかった」と言った。


 頭と身体と心が、嬉しいのと嬉しいのでいっぱいになって、身震いがした。

 デート、初デート、楽しみだなあ。


「うふふ、うふ、やった」


 太ももの間に手を挟んで、身体を丸くした。

 笑顔は、どれだけ時間が経っても、枯れることはなかった。

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