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死にたがりのあなたがいちばんすき〜自殺を止めてあげたのに、あの女の子は知らんぷり。もういいって背を向けたら、「いかないで」と泣きついてきた〜  作者: 光
第三章 忘れていたって、覚えていたって【side光】

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第43話 会いたい

 運転席から、詰まり気味の声が聞こえてきた。


「ひ、光、お前それどういう」

「そのまんまの意味だよ……そのまんま」


 目を伏せそうになる。全身の筋肉が張って、胃液が上がってくる。飲み込む。顔を上げる。


「わたしはっ」


 吐き出す。溜まっていたものを、声にして。


「駅のホームから飛び降りようとして、稜月ちゃんに助けられたの。本当なの、冗談でも嘘でもない、本当のことなの」


 車内は静まり返った。ぁ、とか、ぅ、みたいな声にならない声だけが聞こえる。

 眉間に寄ったシワを広げる。目を閉じない。おばあちゃんの顔を見る。


「でも、でもね、それはもう過去の話。これも本当、嘘じゃないの、だってわたしは稜月ちゃんと仲良くなって」違う「こ、恋人になって、お付き合いしてっ、本当に本当に幸せで、で、で、だから、もう、もうね、死のうなんて考えない」

「光……あんた……」

「平気だよ、わたしは平気。嘘じゃない、絶対嘘じゃない。無理なんてしてないもん」


 腕やふくらはぎの筋肉がぴくぴくと跳ねる。熱が一箇所に集まって、身体を駆け上る。


「だって、だって、稜月ちゃんのことが大好きだから」


 くらぁっと脳みそが揺れた。おばあちゃんもみちるちゃんもまだ黙ったまま。口がぱくぱくと動いてるけど、ちゃんとした声にならない。

 あぁ、あぁ、あぁ、言っちゃった、言った、なにを、全部、全部? 余計なことまで、あぁ、あぁ、いいや、いい、言うって決めたんだもん。


 改めてドアノブに手をかけた。


「そういうことだから、さ。と、とにかく、今は行くね、もう時間になっちゃう」


 ドアを押して、片足を出す。「おいっ、光待て」なんて聞こえてくる。知らない。

 完全に降り立つと、もわっとした空気が胸の隙間に入り込んできた。


 振り返ってドアを閉めようとすると、おばあちゃんと目が合った。

 二秒、三秒、見つめ合ってから、おばあちゃんは言った。


「光、本当に、大丈夫なんだろうね」

「うん、大丈夫じゃなかったら、こんなこと言えない」


 おばあちゃんの眉が垂れた。目が細くなって、うっすら頬が上がって、今にも泣き出しそうだった。

 一瞬の沈黙のあと、おばあちゃんは目を瞑った。ふぅと深く息を吐いたのがわかった。


「……そうかい」


 呟いて、おばあちゃんは目を開けた。引き締まった顔で、わたしを見ていた。


「なら、しっかりやるんだよ」

「うん」


 頷いて、ドアを閉めた。

 重い音が、一瞬だけ蝉の鳴き声をかき消した。



 面接は大きな苦労も、緊張もなかった。聞かれたことにはすらすら答えられたし、胸を張っていられた。

 唯一の失敗は、志望動機を、友達がいるからって言ってしまいそうになったこと。それも本当に失敗だったのかはよくわからない。


 面接室を出て、夏休みの静かな廊下を歩いた。こんこんと足音が響く。どこまでも連なる窓からは、ずらっと光が伸びている。知らない学校、知らない廊下、知らない人たち。その顔の見えない場所に、たったひとりだけ、知っている人がいる。


 大切な人がいる。

 あの子にとっては辛い場所かもしれないけれど、もしこの廊下を一緒に歩けたのなら、それはきっと、嬉しい。


 立ち止まって、目を瞑った。

 稜月ちゃん。

 普通じゃないわたしに、いいんだよって言ってくれる大切な人。

 自分に嘘をつくのを許してくれない、厳しい人。


 思い出してると胸の中がくすぐったくなる。毎日会いたかったあの切なさ。笑ってくれるだけでいい、あの嬉しさ。わたしのなかに、ちゃんと残ってる。


「あいたいな」


 いますぐ抱きしめたい。ずっと一緒だよって言ってあげたい。

 あなたのことが大好きだって、伝えたい。



『会いたい』


 家に帰って、その一言だけのメッセージを、稜月ちゃんに送った。

 五秒もしないうちに既読がついて、返事がやってきた。


『今から?』

『うん、今から』


 ブレザーをベッドの上に脱ぎ捨てた。スカートと、ブラウスだけになって、部屋を飛び出す。階段を駆け下りて、玄関に行って、靴を履いた。

 ぶぶっと手の中でスマホが振動した。


『わかった』


 画面の中の吹き出しに、短い返事が現れた。玄関の扉に手をかけたまま、一度立ち止まって、メッセージを入力した。ガラガラ音を鳴らして引き戸を開けると、まだら模様の夕空が高く広がっていた。


『家、行くね』


 ポケットにスマホを放り込んだ。コオロギの鳴く庭を突っ切って、外に出た。

 ぞくっと身体が震えて、背中が跳ねそうになる。頬が勝手に上がって、抑えが効かない。


 しっかり踏んで、土の道を走った。稜月ちゃん、稜月ちゃん、名前が胸に浮かんでくるたびに、身体が溶けそうになった。

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