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死にたがりのあなたがいちばんすき〜自殺を止めてあげたのに、あの女の子は知らんぷり。もういいって背を向けたら、「いかないで」と泣きついてきた〜  作者: 光
第三章 忘れていたって、覚えていたって【side光】

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第42話 リアウインドウに映るわたしたち

 景色は変わって市街地になり、気づかないうちに車は止まっていた。エンジンはかかったまま、前から「ようし、頑張ってこいよ」と聞こえてくる。


 ローファーのつま先が見えていた。暗く狭いところに置かれていて、ぴくりとも動かない。

 ハァハァと呼吸する音が聞こえる。シートに触れた腰が外れそうなほど痛い。


「あたしらは中まではついて行けねえからここで……光?」


 言わないと、言わないと、言わないと、じゃないと面接なんて受けちゃダメ、受けられない。ちゃんとわたしのこと、ちゃんと、ちゃんと、言わないと。

 靴がぼやけて、重なって見えた。遠くにあって、傾いてる。重い頭が垂れる。お腹が痛い、ゴロと鳴いてる。稜月ちゃん、わたし、「わだしには……」


「おい、どうしたここまできて。具合悪いのか? わかった、あたしが学校に――婆ちゃん?」


 ぎぃと足元が揺れて、少ししてからばたんっと重い音が響いた。その音はもう一度聞こえて、今度はお尻が揺れた。

 顔が上がる。左を向くと、おばあちゃんが座っていた。


「ハンカチは持ったかい? リボンが曲がってないかよく確かめて。髪の毛は、うん大丈夫そうだ。けど、笑顔が足りないねえ、そう緊張してたら印象は良くないよ」


 おばあちゃんはシートに右手を付いて、もう片方の手でわたしの前髪を触った。


「ぁ……ごめんなさい、ちょっとお腹痛くて、うん、行ってくるね」


 また足元を見た。息を吸う、吐く、吸う、吐く。口元を意識して、ほっぺたを上げる。すぐに戻って、なかなか上手くいかない。

 おばあちゃんとは反対側の扉を見た。身体も向けて、ドアノブに手を掛ける。


「そ……それじゃ、また後で」

「お待ち。肩に力が入ってるじゃないか、それだと歩き方がぎこちなく見えるね」

「ぅ」


 両方の肩口に触れられた。背中の筋肉がぴんと張った。


 おばあちゃんは手を動かして、二の腕をさすった。身体の芯が、だんだん痺れがとけていくみたいに、震えていた。


「最近、また様子が変わったね。自分のことで悩んでいたんだろう」


 肺の空気が細くなって、息がしにくくなった。リアウインドウに映るわたしは、目を丸くして、まっすぐに前を見ていた。


「なんで、今そんなこと、言うの」

「今だからだよ。死にに行くみたいな顔の孫を、放ってはおけないもの」

「死にになんて、なに言ってんの。面接くらい、別に、楽勝だし、緊張してるのも、少しだけ、だから……もう行くね」


 ドアノブを引っ張ろうとすると、背中いっぱいに体重がかかった。後ろから腕を回されて、おばあちゃんはきっとわたしに、くっついていて。

 かかとが浮いて、つま先が両足を支えた。骨っぽい腕が二の腕にあたって、そこからあたたかさが広がった。力が抜けて、上半身がばらばらに崩れそうになる。


 耳元で、おばあちゃんがつぶやいた。


「あんたの母さんには、あまりこうしてやれなかった」


 声が出ない。なんでお母さんの話、なんで。


「あの娘は人の気も知らずに突っ走って、遠いところにいっちまった。あんた一人を残して、そんな馬鹿な話があるかいな。家族も守れないで、子供にこんな苦労をかけて、知らんぷりなんて、まったく、こんなときにいてやらなきゃいけないってのにねえ」


 おばあちゃんの声は、少し震えていた。短い息が何度も首筋にかかった。


「違うよおばあちゃん、これは、これはね、わたしのことなの。お母さんも、他のみんなも関係ない、やらなくちゃいけないのは、わたしだから、だから」

「だったらね、あんたは自分のために生きるんだ。家族のことは大事に思っていいさ、けどそればっかりになっちゃいけない。胸を張って、あんたはあんたとして生きればいいんだよ」


 抱く力が強まった。背中も腕も包まれて、内側だけが震えてる。


「おばあちゃん……おばあちゃん、わたし、どうしても言わなくちゃいけないことがあって……それを言わないと……ちゃんと生きられない……だから……それでずっと……ずっと……ぁ」


 ふと、目の前にあるものが視界に飛び込んできた。


 リアウインドウの向こうに、半透明のわたしがいた。真夏の強烈な日差しの中で、なんとか形を保っているだけ。でもおばあちゃんの腕が胸の前で交差していて、おばあちゃんの顔が頭のすぐ横にあって。


 ちゃんと、わたしたちは写っている。


 心臓が静かに動いていた。頭の中は空洞で、風通しはあんまりよくない。


 わたしが見ていた。気の抜けたような顔、カラッとしてる感じ。動くところはほとんどなくて、けど、まばたきだけは止まらない。


 誰にも聞こえないように、つぶやいた。


「わかったよ、稜月ちゃん。わたし、頑張るから」


 目を瞑ろうとして、やめた。胸元にあるおばあちゃんの手に触れて、後ろを向いた。

 やや身体を遠ざけたおばあちゃんと、目が合った。


「おばあちゃん、みちるちゃんも、聞いて」


 上下にふらふらする口を閉じた。鼻で息を吸って、吐き出すと同時に言った。


「わたし、わたしね、死のうとっ、してた。みんなのところに行こうって、たぶん、考えてた」

「ぇ」


 おばあちゃんの口から、吐息のような声が漏れた。顔の動きがなくなって、じっとわたしを見つめていた。

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