第40話 自殺
「そんなことよりね、私、スマホをやっと直したの。光のメアドと電話番号とSNSとラインのアカウントも全部教えて」
「スマ……え、な、なんで、急に」
稜月ちゃんは遠ざかっていって、手を広げてくるっと一回転した。腰を折って前かがみで、笑顔になった。
「これでお家にいてもおしゃべりできるね。あははっ、嬉しいなあ、もっと早く直せばよかった」
「そ、そうだね、そうだったんだ、へえ、そっかよかった、それよかった」
「だからぁ、早く帰ろう。あっそうだぁ、光のお部屋行ってもいい? 私操作よくわかんなくてぇ、教えてほしいな、いいよね?」
「もちろん全然いいけど……けど……」
稜月ちゃんはわたしに背を向けて歩き出す。腰の後ろで手を組んで、頭を左右に振って、鼻歌交じりに遠ざかっていく。
足を止めて、その背中を見つめる。息を吸う、吐き出す、繰り返す。開けっ放しの目が痛くて、乾ききってるのがわかる。脳みそがちっちゃくなって、ぐらぐらに揺さぶられてる。
下半身は地面に吸い付いたまま、上体が倒れるみたいに突き出していった。
「稜月ちゃん」
振り向いてくれない。稜月ちゃんは光の線を進んでいく。
「稜月ちゃん! わたし、わたしねっ、今度の入試ちゃんと受けたいって思ってるの、嫌なのはわかるけどね、わかるけど」
頭が熱い、首が熱い、背中が痛い。ああ、ああ、なんだっけ、なんだ、なに言おうとして、なに、違う、ちが、言わないと、言う、言う、ちゃんと。
汗塗れの手が握りこぶしになった。
「やっぱり……やっぱり……まだ、なんにも、諦め、たく、な……な……ない、ないの、わたしは。だからね、だから、だからぁ」
稜月ちゃんが足を止めた。振り向いた。逆光のせいで、顔が暗く見えた。
「悪い子だね、光は。私、ちょっといらついちゃう、そういう言い方されると。なんでいつも私が悪いみたいなの? そういうところ治しなよ、ちょっとひどい」
前歯の上下ががぶつかって、カタカタと音が鳴った。
「いつ、いつも言ってるけど、そんなつもりわたしない、なくて、怒らせちゃったなら、ごめ、ごめんなさい、でも」
「あのね、私はずっっと光のことだけを思って、光のためだけに言ってるんだよ。そんな状態で無理に学校なんて行こうとしてさ、また悲しいことが起きたら私には耐えられないもん」
「わかってる、わたしが普通じゃないってちゃんとわかってる。でも、でもこのままじゃもっと、もっとわたしは変になっちゃう、おばあちゃんにもみちるちゃんにも、心配かけられない」
稜月ちゃんはふらりと首を振った。
「私は? 私のことが一番だって言ったよね、なのにどうでもいいんだ。違うとか言わなくていいよ、ちゃんとわかるからさ、光を見てれば」
「入試だけは受けさせて、ほしい、それでダメだったら、わたしにはまだ無理なんだって自分でちゃんと納得するから、おねがい」
返事はすぐにこなかった。太陽がかすかに沈んで、稜月ちゃんの影が足元にやってくるころに、ようやく声が聞こえてきた。
「ダメだなんて私は言ってないよ。そういうところだよ、治しなよって教えてあげてるの」
擦れるような足音が響く。
「勝手にしなよ、止めたりなんてしないもん。私の話を聞いてくれないのは、すごくショックだけどね」
「ぁ……それはごめんなさい……反省はする……から……」
視線が下がって、稜月ちゃんが視界から消えた。むき出しの土に、落ち葉が散乱していた。
足音が止まった。かたかた音を立てて、葉っぱが飛んでいった。
「反省しなくちゃいけないのは、それだけじゃないよね。ちゃんとしたいって思うなら、順序があるんじゃない?」
「ぇ、じゅん、じょ」
顔を上げると、稜月ちゃんの肩が目の前にあった。
「あの二人に話しなよ、自分がやろうとしてたこと――死のうとしてたことをさ。嘘つきの光じゃ申し訳ないでしょ、あんなに大事に思ってくれてるんだから」
「それ、は」
「そういうことだと思うなあ、ちゃんとするって」
稜月ちゃんの頬が、ぐぅっと歪んだ。
「そしたら、気持ちよく試験だって受けられるよね。ね、だからぁ、頑張ってね」
耳元に唇が近づいてきて、ささやかれる。
「ひ、か、る」
ふっと息を吹きかけられて、左側に倒れそうになった。
わたしを見上げる稜月ちゃんは、目を細めて笑っていた。
どくどくと心臓が音を立てていた。




