第38話 服を脱いで、稜月ちゃんと楽しいことをした
廃寺に入ると、稜月ちゃんに座るように命じられた。ぺたんと足を曲げて座ると、頭を撫でられた。ふわふわが染みてきて、とっても気持ちいい。ずっとそうしていてほしかったのに、稜月ちゃんは「えらいえらい」と言ってすぐに手を離した。
その次の瞬間、いきなり、唇を奪われた。二の腕から手を回されて、ぐぐっと押し付けるようにキスをする。ジンジンしたのが身体を伝わって、くすぐったいしびれでいっぱいになった。
何秒かもわからないくらい、そうしていた。キス、気持ちいい、稜月ちゃんとのキス、もっと、もっとしたい。熱い呼吸と、唾液が二人の間を行き交う。舌が絡まって、もっと求めて、もっと、もっと。
頭があったかい。お風呂に入りすぎたときみたいに、ぼんやりしてる。
そのまま稜月ちゃんに押し倒されて、唇が離れる頃には、わたしの目は天井に向いていた。
「ぷはぁ……光の味……たまんない……」
膝立ちの稜月ちゃんが、わたしに跨っていた。腕で口を拭いながら、こっちを見下ろしていた。まるまるした髪の毛と似合わない、鋭い目つき。最近の稜月ちゃんで、でも、稜月ちゃんだ。
「んっ」
稜月ちゃんの手がシャツの下から入ってきて、ブラ越しに胸を揉まれた。目を瞑って、ただそれを受け入れた。ぶるぶる身体が震えて、でもたまに素肌に触れられると、声が出るほどきもちいいが広がった。
服を脱がされて、稜月ちゃんも服を脱いだ。身体が重なって、おっぱいの柔らかさを知った。
現実感が曖昧で、今なにをしているのか、どこにいるのかもわからなくなって、行為に溺れていった。気持ちいいのと痛いのと、それぞれ半々くらいで、良いのか悪いのかもはっきりしない。
けど心に巻き付いた鎖が、この時間だけはほどけていた。
ぼんやりとした意識の中で、稜月ちゃんのある言葉が耳に残った。
「破れてないね。光は誰のものでもなかったんだ、あはっ、あはは」
わたしの身体の奥を覗き込みながら、稜月ちゃんはとても、とても嬉しそうにしていた。
その言葉がどんな意味を持つのか、わたしにはわからなかった。
事が終わって、膝を抱えて座り込んだ。頭はずっとスッキリしなくて、赤くなった太ももの先端だけが見えている。薄暗い影から、稜月ちゃんの声がずっと聞こえてる。時折笑い声を交えて、わたしの肩に寄り添って、でも、なにを話してるのか頭に入ってこない。殻の中にいて、くぐもって外の音が聞こえてるような、そんな感覚だった。
「ね、ちゃんと聞いてる?」
稜月ちゃんが、わたしの腕に手を回してきた。
「あ……うん、聞いてるよ、聞いてる」
「だからね、もう夏休みに入ってもいいよね。あと二三日なんて行くだけ無駄、どうせ辞めちゃうんだし」
その言葉を聞いて、沈んでいた意識が、深いところから顔を出した。
「そんなこと……言わないで……ダメだよ……稜月ちゃんは……だめなんだよ……」
目を閉じると、生ぬるい水の感触があった。鼻が詰まっていて、吸っても吸っても楽にならなかった。うぅ、うぅ、という聞き慣れたうめき声が頭の中に響いていた。
稜月ちゃんはさらに強く腕を抱き込んで、わたしを見上げた。
「泣いてるの? あははっ、かわいー。私のためなんだね、ありがと」
稜月ちゃんは、頬に口づけをしてきた。短い、触れるだけのキス。なのにその甘さは全身に広がって、また下半身が溶けそうになった。
「うわぁ、嬉しそうにしてるー。あ、もいっかいしよっか」
ほっそりした指先が、シャツ越しにわたしの胸に触れた。首が時計回りに半回転して、目が合った。すると稜月ちゃんは、口元に手を当ててクスクスと笑いだした。
「してもらえるの期待したんだ。でもやっぱりだーめ、光がもっといい子にしてたら、またしてあげる。だからぁ、嫌なことは言わないでほしい、な」
稜月ちゃんは親に褒められて喜ぶ子どものように、無邪気に笑っていた。少し身体を丸めて、胸の前で両手を遊ばせて。悪いことも、酷いことも、考えているようには見えない。
だけどそれをいくら聞いていても、楽しい気持ちにはなれなかった。
夏休みに入った。稜月ちゃんとはずっと一緒にいた。会うたびにキスをして、毎日嬉しいことをした。嬉しいことなのだと、言っていた。どうしてもわたしには、その行為の最中、軽くなった心の代わりに、身体の皮が一枚増えたような気がしてならなかったけれど。
図書館には行かなくなった。家にいることも、ほとんどない。勉強はどうだい? とおばあちゃんに聞かれたら「順調だよ」と答えた。頑張れよ、とみちるちゃんに言われたら「うん、ありがとう」と返事をした。
けど現実のわたしはノートを開くことも許してもらえず、ただ稜月ちゃんと身体の中のものを交換し合っていた。冷たい手、硬い肌、乾燥した唇、ふわふわ浮かんでる脳みそ。頭はずっと重くて、お腹の調子はいつも悪い。それにふけっているとき以外のわたしはどこにもいなくて、時間の経過は言われて初めて気づく。一週間、十日、いつのまにか八月になっていた。稜月ちゃんの肌の感触や、身体の形は覚えていても、それ以外の全部が食事の味よりももっと薄い。
夜はろくに眠れず、寝たという実感がない。気づけば朝になっていて、死ね、と囁く女の子の声が耳に残っている。目を開けてすぐにトイレに駆け込むけれど、胃の中のものを一気に出してしまえばきっとあの二人に気づかれる。だから便器に顔を突っ込んで、少量ずつそれを垂れ流した。
そうやって生きてると、ある日突然、赤い丸がわたしの視界に飛び込んできた。
カレンダー、八月二十日、転入試験。




