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死にたがりのあなたがいちばんすき〜自殺を止めてあげたのに、あの女の子は知らんぷり。もういいって背を向けたら、「いかないで」と泣きついてきた〜  作者: 光
第三章 忘れていたって、覚えていたって【side光】

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第37話 稜月ちゃん稜月ちゃん

 稜月ちゃんは後ろから日光を受けて、身体の前が暗くなっていた。ニコニコと笑顔を浮かべて、わたしを見ていた。


「な、なんで」

「なんで、もないよ、私は光の彼女だから、迎えに来たんだよ」


 腕にも足にも力が入らなくなって、ただ立ち尽くす。空気が抜けてしまったかのような感覚、ただ稜月ちゃんがそこにいるだけなのに、なんでこんな。


「あれぇ? どこに行こうとしてたの、そんなもの持って」


 稜月ちゃんの視線がトートバッグに向いて、いたずらっぽい笑みが浮かんだ。


「どこにって、えーと、これね、いつも通り、だよ。わたしやんなきゃいけないから」

「へぇ、今日は月曜なのに、光ってばおっちょこちょいだね」

「……あ」


 休館日、そうだった、忘れてた。


「そっか、忘れてたなあ。じゃあ部屋に戻ろうかな、はは、馬鹿だなあ、あ、稜月ちゃんは学校だよね、えと、気を付けて行ってきてね」


 笑顔を浮かべると、単音が連続するような笑いが口から出ていった。


「それじゃ」と言って、背を向けようとした。

「待ってよ、どこに行こうとしてるの?」


 予定の半分だけ回ったところで、身体が止まった。

 首から上だけを、稜月ちゃんに向けた。


「だからね、部屋、部屋で勉強しないといけないから、から」

「私ここにいるんだよ、光に会いに来たんだよ、それなのに行っちゃうの?」


 見える景色に白いザラザラしたものが混ざる。小さな汚れが動いていて、稜月ちゃんの顔がその薄い膜の向こう側にあるように見えた。みぞおちに嫌な感覚があって、ぐっとお腹が鳴いた。


「でも、やらないと」

「そう、じゃいいや。ごめんね引き止めようとして」

「え、あ、うん、そう言ってくれると助かる」


 長めの息が出た。少し、胸が軽くなる。よかった、ちゃんと話聞いてくれた、よかった。なんで稜月ちゃんにこんな、でも勉強はしなくちゃいけないから、仕方ない。


 からん、と音がした。稜月ちゃんの脱いだローファーが転がる音だった。


 思わず、その足元を見た。膝下までの真っ白なソックスで、玄関のタイルに立っていた。顔を上げると稜月ちゃんはもうそこにはいず、わたしを通り越して上り框に足をかけていた。


「あの、稜月ちゃん、どうした、の? おトイレ、とか?」


 ぴたっと白い足が止まった。


「ううん、お話してこようと思って、おばあさまたちと」


 胸がきゅっと締まって、息ができなくなった。まぶたが上下にくっついて、ざらざらがまた大きくなった。


「なに、を、なに、なにを」


 背を向けたままなのに、稜月ちゃんが笑ったのがわかった。


「もちろん、光のこと。話さなきゃいけないことが、あるよね?」


 足首がカチコチになった。下がっていた顔が上がった。全身が粟立つ感覚があった。


「やめて……やめて……それはやめて、だめ、やめて……だめ……」


 トンと背中に衝撃があった。腕が回っていて、稜月ちゃんに抱えられるようになっていた。そうされていると勝手に背中が丸まっていって、また下を向いていた。

 耳元で稜月ちゃんがささやいた。


「ねえ光、私ね、行きたいところがあるの」

「行きたいところ……でも稜月ちゃん、学校は」

「学校でも図書館でも光の部屋でもない、ふたりっきりになれるばしょ」


 吹き付けるような吐息が、耳の穴に入り込んだ。


「いいよね?」


 ぞくぞくした感覚が、全身に広がった。下腹部が緩んで力が抜けた。手足の痛いのも、目と頭のざらざらしたのも、全部消えてなくなった。

 かかる吐息が、稜月ちゃんの声が、ただ気持ちいい。


「ね、いこっ」


 首筋に吸い付かれて、ちゅぱっという音がした。

 また身体が緩んで、頬はきっとだらしなく溶けていた。


 ああなんか、なんだっけ、なんでもいいや。稜月ちゃん、稜月ちゃん。

 このままとろけて、消えてなくなるんじゃないかと思った。



 手を引かれて、稜月ちゃんの後ろを歩いた。いつも後ろ、わたしが前にいたことは、たぶんない。今日も、これからも、ずっと。

 頭がぽーっとして、まぶたが重かった。稜月ちゃんは何度も振り向いて、こちらを確認した。そのキリッとした目を見るたびに、胸の中の雑音はへたれてなくなってしまった。


 早くなる心音を聞きながら森に入って、いつもの廃寺への道を辿った。これからなにが起きるんだろう。おしゃべりかな、肩を寄せ合ってうたた寝かな、なんか、どれも違う気がする。そんなことのために向かってるんじゃないって、わたしの胸が言ってる気がする。

 足を止めずに股を閉じた。少し湿った稜月ちゃんの手の感触を、感じた。ドキ、ドキと心臓が跳ねて、わたしの身体は固くなった。

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