第32話 稜月ちゃんに告白した
夏休み前、最後の日曜日、稜月ちゃんの希望で朝から廃寺にいた。今日は生足の露出が多い。スカートが短くて、太ももから先がはっきり見える。
壁に背中を当てて、ダランと座る稜月ちゃん。足をまっすぐに伸ばしていて、わたしはその姿をじっと見ている。膝枕とか、頼んだらなんて言うかな。柔らかそうだなあ、暖かいかも。
ふいに稜月ちゃんの目が、こっちを向いた。
「なに見てるの?」
冷たい言い方。ふーふーするよりももっと冷たい。なんでだろ、なんで、ううん、ううん、気のせいに決まってる。
小さく息を吐いて、稜月ちゃんの真横に座り直した。
「あ、いや。あのね今日はなんかとくにかわいいなって、えへへ」
ちょっと他の学校の制服っぽい。腕まくりした白シャツと、チェックのスカート。腰に巻いた上着も、たぶんそう思わせる理由。学生って言うよりは、なんかアイドルみたいな。
「ふうん、ありがと。光はいつも変わらないね」
「う、うん、お洋服あんまりないから、だから買いに行きたかったんだけど」
「もしかして、また私が悪いの?」
「あ、あ、ちがうよ、ちがう、違うの、一人で行けないわたしのせいだから」
「なら言わなければいいのに、変な光」
自然と顔が下がる。膝が嫌でも目に入る。ささくれのある、ダサいズボン。稜月ちゃんと、全然釣り合わない。
稜月ちゃんのせいじゃない。なにもないわたしが悪い。悪いから、変えたい。
そうだ、言っちゃおうかな、あのこと。もう来週には夏休みだし、なんかちょうどいいかも。受からなかったらやだけど、きっと大丈夫。
少し、胸がざわついてる。なんでだろ、秋から一緒だねって言うだけなのに。ちらっと稜月ちゃんの方を見た。つまらなそうな顔で、自分の指なんかを見ていた。
言おう、きっと喜んでくれる。
「あのさ、実はさ、わたし受ける学校決めたんだ」
稜月ちゃんは横目でこちらを見た。
「は?」
「あ、ごめんね急に、なんかテンパっちゃって。それでね、もしかしたらわかっちゃってるかもだけど」
膝の上に置いた指が不規則に動いていた。
「稜月ちゃんと、同級生になれると思う。わたしを、受け入れてくれるって」
稜月ちゃんの頭が動いた。表情は硬く、半分目を閉じていた。
「は? だからさ、どういうこと?」
「だからね、あの、あのね、一緒に学校いけたら、楽しいかなって、あの」
笑顔が、笑顔で溢れちゃいそう、だめ、わたし、もっと落ち着いて、ちゃんと、ちゃんとね。
言おう、これはセットだったから、絶対。
床に両手をついて、稜月ちゃんの方を向いた。その顔を見つめているだけで、目を閉じたくなる。栗色の瞳、白くてふっくらしたほっぺ、悩ましげな少し垂れた眉、ナチュラルな唇。
「あの、あの、ね、稜月ちゃんと同じ学校に行けたら、普通にお付き合いも、できるかなって」
「お付き合い? 普通に?」
前髪が視界を半透明にする。だけど、除けてる余裕なんてない。
「えと、えっとね、だからね、返事、あのときの、わたしが好きだって、話」
下から覗き込むように、稜月ちゃんを見た。
どき、どき、小刻みに心臓が音を奏でていた。
「わたしは、三奈木光って人間は稜月ちゃんのことが大好きで、恋人になってもいいっていうか……ぁぁ……うぅ……なりたい、稜月ちゃんと、稜月ちゃんの恋人に」
稜月ちゃんを直視できなかった。こっちが返事を返してるはずなのに、おかしい。おかしい、なんか、なんで、え、え――あれ、なんだろ、この感じ。
目が開いたまま、まばたきができなかった。稜月ちゃん、なんか違う、そうだ、最近ずっと、なのにどうしてわたしは
「ねえ、光」
頬に稜月ちゃんの冷たい手のひらが触れた。冷凍庫の氷のような、皮膚を剥がされてしまいそうな、あの持っていかれる感触。なんで、これ、なんで。
「それ本気で言ってるの? あの学校に光が来て、私と、普通にお付き合い」
「う、うん、それができればって、思って、る」
顔を上げると、全身に震えがやってきた。稜月ちゃんの目が、真っ赤な血の色に見えた。白目がなくなって、ただ真ん中の部分だけが拡張されている。
稜月ちゃんは指をすべらせて、わたしの顎を持ち上げた。
「それさあ、ダメじゃん。私は、光とふたりがいいの。あんなところなんて、必要ないよ」
「え、え、でも、一緒に通えば二人でいられる、し」
「なんにもわかってないんだね、なんにも。私がどれだけ嫌な思いをしてるのか、どれだけ苦痛なのか、全部全部光のために我慢してたのに、がっかりしちゃった」
稜月ちゃんは無表情で、その肌はまるで金属のようにつるりとしていて。
がっかり、なんて、なんで、わたしはわたしだって、頑張ってたのに。稜月ちゃんと同じ学校にって、そのために毎日。
「じゃ、じゃあわたしはどうすれば」
「いいよ、光はなんにもしないで。私も学校なんて辞めるからさ、二人で暮らそう。ずーっと一緒に」
「そ、そんなの、わたし、い、いや」
ただのゆらぎのように首が左右に動き始めて、けど稜月ちゃんはわたしの頬を両手で挟んだ。
力は感じない。でも、ぴくりとも頭は動かない。
稜月ちゃんは真正面から、わたしを見つめていた。




