第3話 なんでもない、田舎者トーク
「え、エッチなんて、なに」
「むーね、おしつけてきたしぃ」
「つけてはなっ――」
プップーとクラクションが鳴った。
道路を見ると、白くて丸い軽自動車が止まっていた。
窓から手と生首がひょっこり出てくる。髪の短い女。どっかで見たことある。
「おーい光、そんなとこでなにやってんだー?」
光はさっと手を引いて、私との繋がりをほどいた。
「あ、あ、みちるちゃん、なんでもない、久しぶり」
みちる……ああ、あの商店の女主人か。なんてったっけ、なんでもいいや。
そのみちると呼ばれた光の親戚らしき女は、私を見て眉を跳ね上げた。
「あれ、小毬さんとこの。なんでいんの?」
「どうも、こんにちはー」
リュックのショルダーに手をかけて、お辞儀した。下を向いてる間に、笑顔を作った。
「えっとぉ、光さんと仲良くなっちゃいました」
光の腕を掴んで、頬を寄せた。また、ハリネズミみたいに光は身体を強張らせた。ゾッとした顔を見せて、胸元からするっと腕が抜けていった。
車の方に駆けていって、光は目も合わせずに言う。
「じゃ、じゃあね、ばいばいっ」
「まって。光のせいで制服汚れちゃったから、私ぃ、学校行けない」
のんきなみちるさんを見た。
「あのお、もしよかったらご一緒させてくれませんか? 途中まででいいんです、お願いします」
「ん、あいいよ、乗ってけよ」
「ほんとですか、やったぁ」
ぴょんっと、小さく飛び跳ねる。
「みちるちゃん!?」
ドアノブを掴んだまま、光が叫んでいた。
家まで送ってもらうことになり、硬くフラットな後部座席に光と並んで座った。
「な? 過疎地だけどいいとこはいっぱいあんだぜ。あたしたちは村の若者として活性化を――」
みちるさんの話は長そうなので、私はそれを遮らせてもらった。
「へぇ、すごいですね。あ、そんなことより」
「そんなことじゃねえって」
光はシートに手をおいて身を乗り出した。
「そうだよね、わたしももっと知りたいな。久しぶりすぎてなにも――」
「あとで私が教えてあげるから、約束、したよね?」
数秒間動きを止めて、ぎこちなく光は振り向いた。
「それより、こっちに来た理由ちゃんと教えて」
光は両目をきょろきょろさせて、何度もまばたきをした。
横槍が入る。
「大したことじゃねえよ、なんだろな、音楽性の違いみたいな感じだよ、なあ光?」
「え? えー、あはは、みちるちゃんナイスジョーク」
しゅんとした光は、浮かせていた腰を座席に戻した。膝の上に手をおいて、発表会の前のこどもみたいに座ってる。ちらっと見える太もも、ふくらはぎ、足首、傷跡はない。手も、首も、顔も、自傷好きって感じじゃない。じゃいじめかなあ? でも青あざもないしな。児童虐待、親が逮捕されたとか、あと、家族が死んだ、ありそう、そういうのかも。
顎に人差し指を当てて、言った。
「あ、家庭の事情?」
光は膝に置いた拳をぎゅっと握りしめた。内股がぴったりくっついて、視線は膝を向いた。
がたんがたんとくぼみを越える音が何度か響いた。早くなった呼吸音が、よく聞こえた。ふうん、そんな感じかあ、まあ普通。仕方ないか。
「んー、と思ったけど、なーんか光は違いそう。えっとぉ、あ、そうだ、もしかして田舎の生活に憧れてたとか? そういう人たまにテレビで見るよね。ていうか、こっちチャンネル三つしかないんだよ、信じられないでしょ?」
光は顔を上げた。丸い目で私を数秒見つめて、口元だけで笑い出した。
「あー、ははは、そそ、そんな感じ、ちょっと空気変えたかった、みたいな」
「へぇ、変わってるねえ、こんな村なんて最低でどうしようもないくらい終わってるのに、勇者だね!」
「おいこら」
ぶぅんと盛大に空ぶかし音が響いた。
さて。
身を乗り出して運転席の背もたれにひじをかけた。みちるさんの耳元に口を寄せてささやく。
「ところで、本当の理由はなんですか」
みちるさんの頭が跳ね上がって、ヘッドレストに後頭部がぶつかった。
「今じゃなくていいんです、教えてくれませんか、お願いします」
目で後ろを伺ってから、みちるさんもささやくように言った。
「なんでそんなことが気になるんだよ、人んちの話だぞ」
「どうしても光のことが知りたいんです。もっと仲良くなりたいんです」
みちるさんは目を細めた。
「今度、お店に伺いますね。そのときはお願いします」
「……考えさせろ」
「ありがとうございます」
会釈して席に戻った。
光は口を半分開けたちょっと間抜けな顔で、私を見た。
「お話し、よく聞こえなかったんだけど、なんだった?」
「なんでもなーい、田舎者トーク」
「いな……なに?」
「うふふ、いいのいいの、なんだって」
光はしばらく首をひねっていた。




