第2話 あなたは光、三奈木光
心臓が鳴り出す。まばたきできなくて、目が離せない。女の子の、土のついた頬が、膨らむようにつりあがった。
「たまたま助けられたから良かったけど、本当に危ないんだから。わかった?」
顔の筋肉が普段使わないくらい固く、丸くなる。鼻がひくひくして、ちょっぴり顔全体がほてる。
こいつ――この子、なんだ。死体か、だから変なこと言ってるのか、そんなわけない、だって生きてる、じゃあ、それは、その中は、あなたは。
手が閉じて、開いて、餌を求める鯉のようにぱくぱくしてる。股のあたりに疼きがある。自分が、笑ってるのがわかる。唇が開いて、歯まで見せちゃってる。
「わかった、ありがとう」
「うん」
女の子は頷いた。
胸の奥から、なにか湧いてくる。息と一緒に出てきて、声になる。
「あはっ、あはは、あはははは……ん」
「どしたの? 急に笑って」
いけない、こんなの、指を唇に押し付けて、ほっぺに力を入れて、我慢して。
左右に首を振ると、後頭部がじょりじょりと地面にこすれた。
「ごめんなさい、うれしくって」
「嬉しい……なんで?」
「なんでだろ、あなたがいるから、かな」
女の子はやや眉をひそめて、小さく首をひねった。
「んふっ」
また、声が漏れた。
「ねぇ、あなた名前は? 私は稜月、小毬稜月。できたら下の名前で呼んでほしいな」
女の子は身動ぎして、一瞬のけぞるようになった。けど、すぐに返事はやってきた。
「わたしは三奈木光。光でいいよ、えっと、稜月ちゃん」
「うん、よろしくね光」
目の縁から痺れが広がって、全身が気持ちいいでいっぱいになった。
駅から出たところで、腹の出た駅長が私たちを見下ろしている。光は一心不乱に頭を下げ続け、ごめんなさい、と繰り返し口にしていた。
たまにちらっとこっちを横目で見ては、光は眉のあたりを見開くように動かす。その様子を眺めてると、最終的に一切私の方は見なくなった。
うんうん、そうかそうか、事故だったんだね、不注意だったんだ、とおっさんは頷く。はいそうです、と光はこびへつらう。
「うん、とにかく君たちが無事でよかった。これからは気をつけてね」
「はい、本当に申し訳ありませんでした」
ひときわ大きな声が響いて、駅長は下がっていった。
誰もいないロータリーで、ふたりっきりになる。コの字かってくらい光は頭を下げっぱなしで、気配が消えてもなかなか頭を上げなかった。
ミーン、ミン、ミーンと規則的な音が聞こえていた。後ろに手を組んで、光が動くのを待つ。時が止まったような三十秒が終わって、ようやく光は真っすぐに立った。
こう見ると、結構身長が高い。私よりも、頭半分くらいは上だ。駅舎を見つめる横顔はきりっとしていて、あの時の面影はない。紺のブレザー、チェックのスカート……泥のついたスニーカー……
「稜月ちゃん」
顔を上げると目が合って、でもすぐに逸らされた。
「じゃわたしこれで、じゃね」
「待って」
背を向けようとしていたので、肩を掴んだ。光は払うように身体を回転させて、指の置き場がなくなった。
「光は村に用事? 私でよかったら案内するけど。ていうか、させて」
光の目が水平になる。なぞるみたいに、スーッと視線が滑っていく。
「あー……ごめん、もうすぐ迎えが来ちゃうんだよね。気持ちだけ、貰っておくね、ありがと」
「村にはなんの用事? 遊びに来たんじゃないよね、てかなんで駅にいたの、電車乗らないの? うーん、鉄オタ?」
光は顔の前でパントマイムみたいに両手を振った。
「ちがう、違う違う、迎えが来るまで暇だったから……なんとなく」
「ふうん、なんとなく。なんとなくであんなことしてたんだ……」
ノリで死ぬんだ、おもしろ。
光は首をかしげた。
「あんな……って?」
「なんでもなーい、こっちの話」
身体の内側も外側もじわじわ暑い。ふーって息を吐き出す。
「それで? どうして村に? あ、そうだ、いくつ? 私一応高一、同じくらいだよね、全部答えて」
「ぜん……えっと、わたしも同じかも、村には、その、親戚っていうかおばあちゃんの家――」
「暮らすの!? こっちで」
「う、うん、そんな感じ」
光の手を取った。両手でガッチリ掴んで、力を入れる。今度はちゃんと湿ってる、変なの。
「ぁ……ぇ……ぅ」
光はこっちを見ているようで、ぜんぜん瞳の位置が定まってない。頭自体がふらふらで、半開きの口は固まっている。あ、歯並びいい。
「やっぱり案内する! いこいこっ、いいとこないけど、全然ないけど、なんとなく教える」
「あり……ご、ごめ、迎えが来るし、心配されるから、また今度お願いす――」
「今度! ならそれでもいいよ!」
顔を寄せるとそのぶんだけ、光は身体を後ろにやった。
「約束っ、絶対絶対ね、嘘ついたら……」
ばらしちゃおっかな自殺のこと、言いかけて、口を閉じる。溜まっていた唾をギュルギュルやって飲み込んで、言い直した。
「エッチなことした責任取ってもらうからね」
ウインクでハートを飛ばす。「アハッ」と笑うと、光は衝撃波でも受けてるみたいにのけぞった。




