第1話 あなたの死に顔を見せて
私、小毬稜月は、生まれて初めて自殺志願者というものを見た。
ほとんど無人のホームに、一人の少女がいる。暗い影に侵された顔は、口元だけが笑っている。つま先を線路側に半分出して、ふらりふらり、体重が前に傾く。
なんだろ、あれ。制服着てる。こんな暑いのにブレザー、飛び降りだ、電車――電光掲示板を見た――もう来る。死ぬんだあれ、バラバラ、ばらばらかあ、こんなド田舎で。
足元が揺れる。ガタンガタンと遠くから聞こえてくる。女の子は手を伸ばす。なにもないところを掴もうとしている。
肉片。血みどろの手足。転がる首。見たい、見たい見たい超見たい。
一歩、また一歩、自分の足が前に出る。こつこつと、硬い音が聞こえてる。電車は百メートルくらい先にいる、女の子の身体はもう半分が空中にある。
女の子はまだ笑ってる。ずっと笑ってる。でも、顔が見えない、目が見えない。ホントの表情が見えない。どんな声、どんな人生、どんな人。あなたを、あなたは。
「ねえ、あなた」
口から、声が出た。かわいらしい、私の声。
女の子は振り向いた。見開かれた目は点のようになって、笑顔が消えた。カエルみたいに開きっぱなしの右手が、目の前に浮かんでいた。
「そんなとこに立ってたら死んじゃうよ?」
その手を取った。カサカサ、湿り気がなくて、年寄りみたい。
ぐっと手の甲に親指の圧がかかった。ピッとひび割れるような痛みが広がって、掴んでいたはずが、掴まれる。力、強い、引っ張られる、向こう側。
「え」
身体が前に傾く。時間がゆっくり、頭が落ちていく。
線路に落ちていく女の子。繋いだままの手、落下する、私。
空中で電車を見た。迫っていた。クラクションのような警笛、鉄の顔面、あと何秒、あと五秒、死ぬ、私が、なんで、死ぬのはこいつで、私違う、なんで、どうして手を取った。
なんでなんで違う私こいつなんて私なんて死にたく――
背中に腕が回ってきた。強い力で抱き寄せられて、振り向くと女の子の顔があった。引き締まっていて、凛々しい。どん、と心臓が胸の壁を叩いた。こいつ、今までと、全然。
「大丈夫」
抱えられたまま線路に落ちて、衝撃がやってきた。
「うっ……」
背中を地面につけた女の子は、また腕の力を強めた。
私はもう手足から血が抜けて、ただ抱かれていた。
警笛が大きくなった。地鳴りが迫っていた。
視界の上の方に、電車の下顎が見えていた。
十メートル、五メートル。目を閉じた。涙が滲んでいた。息はできない。力も入らない。酸素もない。死ぬ、死んじゃう、なにこれ。
しがみついてると、叫び声が響いてきた。
「絶対に離れないでっ」
「きゃっ」
身体が回って、ぐるんと転がって、ホーム下の空洞が見えた。
ブレーキ音。何回転もする身体。私を掴んで離さない、二本の腕。一瞬浮き上がって、重い音を立ててすぐに着地した。
目の前が暗くなって、車輪は耳のすぐ横を通過していった。
寝転ぶ私の真横で、電車は完全に止まった。視界は暗いままで、顔に重いものがのしかかっていた。
女の子の、でっかい胸。顔が圧迫されて、鼻が谷間に埋もれてる。ばたばたと足音がいくつも聞こえる。大丈夫ですかー、なんて呑気な大人が叫んでる。
「わたしもこの子も無事です」って女の子が返事してる。
ぽぉーっと頭がもやの中。ジー、ジー、という蝉の鳴き声が遠くに聞こえて、じわじわ暑い。
「ふえ、ちょっと」
「あ、ごめんね、痛かったよね」
胸が離れていった。女の子は長い髪を垂らして、腕立てのように身体を持ち上げていた。
私は言った。
「ねえ、なんなの、意味分かんないんだけど。ていうか、頭おかしいの」
「あはは、えっと……うん、そんなつもりはないんだけど」
なんでか目が輝いていて、死にかけたってのに元気すぎ……元気、なんで。
こいつ、バラバラ死体のはずだったのに。
「あなた、死のうとしてたよね。線路の縁でさ、こーんな暗い顔して」
「へ? なに? うーん、混乱中?」
「はぁ?」
青っぽい目玉が一点を見つめて上下に揺れている。まばたきなんかなくて、おもちゃみたいに動いていた。
「あのね、よくわかんないけど」
女は私を見下ろして、言う。
「今度から白線の外側に立っちゃだめだよ」
「え」




