第24話 愛情をたっぷり込めました
お出かけ当日。水着はみちるちゃんに用意してもらって、あとは約束を果たすだけだった。
「だし大さじ四杯……レシピだとこれでいいはず、だよね?」
四時に起きて、夜のうちに献立を考えておいたお弁当作りに取り組んだ。稜月ちゃんが喜んでくれる塩おむすび二つに、卵ふりかけのおむすびも二つ。切り込みを入れたウインナーをぱぱっと焼いて、ほうれん草のおひたしも作った。おばあちゃんが育てたミニトマトも添えて、最後にだし巻き卵に挑戦。あっちが超甘口だから、上品な風味を目指すことにした。
四角いフライパンに卵液をちょっと垂らして、焼けたら菜箸ですくい取る。フーフー冷ましてから、手のひらに乗せた。
「卵の薄皮、味見は……自分でするしかないよね」
はむ、と口に放り込んだけれど、舌が分厚くなってる感じがして、いまいち味がよくわからない。濃すぎるってことはないと思うし……お料理サイトが間違ってなければ、きっと平気。
「平気だよね? って、そっか稜月ちゃんならなんでも……甘えてないって、本当だよ?」
自分の乾いた笑い声が、台所に響いた。
気を取り直して、フライパンに卵液を注いだ。ジュージューいってるのを、巻いて、継ぎ足して、また巻いて、ちょっと失敗して、液がなくなるまで繰り返した。
「卵焼きっていうより羽根つき餃子みたい、お料理が久しぶりすぎた、稜月ちゃん許して」
だし巻き卵をお弁当箱に詰めて、余った分はお皿に移して、完成。彩りもバランスも悪くない、我ながら及第点くらいの出来はある。シェフになったつもりで、腕を組んだ。
ミニトマトに付着した水滴が、朝日を受けてキラッと輝いた。ちゃんと作れた、稜月ちゃん喜んでくれるかな、くれるよね、絶対。早起きして良かったなあ。
「おっとっと、いつまでも感激してる場合じゃない、他の準備もしないと。ええと、お弁当の方はこれでぜん……ぶ、じゃないよねえ、わかってる、ちゃんと覚えてるから」
――愛情たっぷり込めた、という稜月ちゃんの声が聞こえた。まだ、込めたつもりはない。具体的になにをするかよくわからないけど、一番楽しみにしてるんだろうなって気がする。
おろそかには出来ないぞ、わたし。稜月ちゃんは一週間頑張ったんだから、こっちも頑張らないと。とは言っても、どうしたものか。付箋でメッセージでも貼っておく? でも一緒に食べるしな。お弁当箱を抱きしめる……蓋にキスする……そういえば花に声を掛けるとよく育つって聞いたことあるな。
……よし。
手品師みたいに両手を広げて、ニコニコっと笑った。
「わたしのお弁当、お、おいしくなーれ」
そのとき、背後に人の気配を感じた。
「光、もう出るのかい?」
おばあちゃんの声だった。
二の腕がピクピクする。十本の指がかくついている。笑顔が張り付いたまま振り向こうとして――無理。
「そ、そう、他の準備あるから!」
エプロンも外さずに、わたしは台所から飛び出した。
「このだし巻き、薄口だね」
ずっこけそうになってると、後ろから明るい声が聞こえてきた。
約束の七時ピッタリに扉がノックされた。
「よし……よし……今日は恥ずかしいところは見せないぞ、頑張るぞ、頑張るぞ」
玄関で待っていたわたしは、跳ねるように立ち上がった。
外に出ると、レースのワンピースを着た稜月ちゃんがいた。砂浜のように真っ白で、笑顔がいつもよりもちょっぴり眩しかった。
「あ、かわいい……お洋服」
「光も、ね」
顔が熱くなって、目を逸らした。いつも着てるようなキュロットスカートと無地のシャツ。中学生みたいな格好で、あんまりかわいくない。今度お洋服も買いに行けたらいいな、稜月ちゃんと。
「早くっ、遊ぶ時間がなくなっちゃうよ」
「ちょ、稜月ちゃ、もー」
手を取られ、前のめりに外に出る。「いってきまーす」振り返って声を張り上げると、ふたつ返事があった。
左手にビーチバッグを、右手にやわらかな手をそれぞれ握りしめて、ふたり並んで狭い庭を飛び出した。
山のように入道雲そびえる夏空が、わたしたちの村に広がっていた。
おしゃべりしながら歩いて、たっぷり時間をかけて駅に来た。切符を買って、改札で駅長さんにスタンプを押してもらった。
「おや、今日はお出かけかい? 楽しんで」
手を振ってくれたので、頭を下げた。そうしていると稜月ちゃんが先に行ってしまったので、小走りで追いかけた。
「次は、三分後だね。よかった、タイミング悪いと四十分は平気で待たされるもん、ド田舎って酷くない?」
「はは、一分の遅刻が死活問題だね」
額に浮いた汗を拭った。こっそり自分の胸に手を置いた。
意外と落ち着いてる。ちょっと息切れが早い気がするけど、大丈夫。この調子だったら、たぶん行ける。この間は過剰に反応しすぎた、いざ来てしまえば、なんとかなるんだ。これなら、学校だって――
「あ、そうそう、ずっと光に聞きたいことがあったんだよね」
稜月ちゃんはわたしではなく、線路を見ていた。
「ふたりでここに来れてね、思い出したんだけど」
鼓動が早くなった。思い出すって、なにを。
「どうしてあのとき、初めて会った日、光は一人だったの?」
「え、きゅ、急になんの……話?」
「親御さんとか、付き添ってくれる人はいなかったの?」
耳の奥が、キリキリと痛みだした。




