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死にたがりのあなたがいちばんすき〜自殺を止めてあげたのに、あの女の子は知らんぷり。もういいって背を向けたら、「いかないで」と泣きついてきた〜  作者: 光
第二章 三奈木光と呼ばれたりしていて【side光】

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第21話 無職と女子高生は釣り合わない

 周りに空き地しかない坂は下っていて、くぼんだところからまた上がっている。逆への字の道は先っぽから湯気が立っていて、青空と一緒に歪んでいた。


 ちらと横目で見た稜月ちゃんは、どこか丸っこい。笑顔ではないけど、無表情でもなくて、心地よくいてくれるように見える。横顔には幼さがあって、同い年とは思えない。

 無邪気に笑ったかと思えば、突然鋭い目になったり、意地悪に微笑んでいたり、その目、その顔はわたしだけを向いている。なんでって聞いたら、好きだから、って。


 無意識に目が見開いて、呼吸の音が聞こえるようになった。


 稜月ちゃんの、唇に目がいった。


 今でも、お願いすれば、キス、してくれるのかな。逆流した胃液で満たされていたこんな口でも、稜月ちゃんはいいのかな。聞いてみたら、なんて言うかな。


 口内に溜まった液体を吸うように飲み込んだ。唇がぴったり閉じて、息が消えた。


 稜月ちゃん、わたし、わたし……わたし。突然、お腹の真ん中にあった角のないものが割れて、全身を水浸しにした。汗になって、背中から首筋から股から染み出してくる。


 顔を上げた。電柱の突き出した青空を見た。

 わたしじゃない、稜月ちゃんにはわたしじゃない。明日も明後日もなんて考えられない。今日で精一杯。もうこんなことはやめないと、でないと、取り返しがつかない。



 ちゃんと、言おう。


「稜月ちゃん、ちょっと大事な話があるんだけど、いいかな?」


 顔を見ると、夢から覚めるように稜月ちゃんは目を開けた。


「んぅ……なぁに?」

「ここじゃ暑いから、あそこの日陰で」


 腕を引っ張って、道端の空き地に入った。

 ちょうど、坂を下りきったあたりだった。



 小石の敷き詰められた空き地は、足元がごろごろしていた。隣の空き家が壁になっていて、影の黒いところと日向の白いところがくっきり分かれている。

 暗がりの稜月ちゃんは色が薄い。口をぴったり閉じて、なにも言わずにわたしを見上げていた。


 ほっぺを上げて、わたしは笑顔を作った。


「ごめんね急に。えっと、ちょっと真面目な話、いいかな?」


 稜月ちゃんは、すぐには返事をしなかった。五秒も経って、表情は変わらず口だけが開いた。


「なに? 嬉しい話?」


「いや、あの、あんまり嬉しくないかもだけど……その、ええと……」


 左下に視線がずれていく。両目を上げて、もう一度、もう一度稜月ちゃんを見た。


「学校、行ったほうがいいよ、って言いたくて、その話」

「光」

「はい……あ……はいじゃなくて、稜月ちゃん、なに?」

「ぎゅってしていい?」

「へ?」

「するね」

「ちょ――」


 腕が伸びてきて、抱きつかれた。


「はぁ、光だぁ」


 頬を擦り付けられて、胸が揺さぶられた。首の後ろがどくどくしていた。


「ぁ……稜月ちゃ、そういうのじゃなくて、ちゃんと、話がしたいん、だ」


 目を閉じて、稜月ちゃんはささやく。


「わかってる。でもぉ、こっちの話も聞いてもらいたいな」

「こっちの……話……?」

「うん、私の話。学校でのこと、ちょっぴり胸の痛くなる話」


 胸元の稜月ちゃんは、わたしを見上げて笑顔になった。


「自分から聞いたんだから、聞きたくないなんて、嫌だよ」


 背中に回された腕にすこし力がこもった。右耳を胸にくっつけるようにして、稜月ちゃんはもたれかかってきた。


「前にも言ったと思うんだけど、私ね、学校に居場所がないんだ」


 胸元には頭だけが見えて、稜月ちゃんの表情はわからなかった。すぐに沈んでいってしまう声が、ぽそぽそと聞こえてくる。


「みんなで私を無視するんだ、キモい、ウザい、あっちいけって」

「ぇ、うそ、そんなふうに……ぁ、ごめんなさい、でも、それ、本当なの?」

「見えない、よね。でも本当なの、毎日とっても辛い、光といるとき以外は」


 ぞくりと薄い鳥肌のようなものが、腰から上っていった。


「だから光がよかったの、ずっと一緒にいたいって思ったの。やっぱり……迷惑だった?」

「それは、それは違うよ、言ったでしょ、わたし全然そんなこと迷惑に思わない。だけど、だけどね」言葉が胃もたれのように重い「それでも、わたしだけになるのはだめだよ、自分のこと、ちゃんと考えないと」

「何日か休んだり、遅刻していったりすると、先生は、お前なんか俺の生徒じゃないって言ってくるんだよ。それを見て、みんなはまた笑ってる。指さされたり……物投げられたり……」


 鼻をすする音が聞こえた。


 わたしの手も口も、宙に浮かんで漂っていた。稜月ちゃん辛かったね、いいよ、わたしがいるから、わたしが――そんなこと言えない。無責任なこと、なにも。辛かったねなんて言われても、きっとなにも、なにも変わらない。


 口を開けると、震えるような声が出ていった。


「わ、わたしには稜月ちゃんの辛さは、わかってあげられない、でも、でもね、まけ……まけ……」


 声が出にくい。鼻の奥が感覚をなくしている。


「ごめん……ごめんね……でも、だめ、なくなっちゃう……稜月ちゃんは、学校に行ってほしい」


 稜月ちゃんはなにも言わない。胸の中で、静かに息をしてる。


「たま、たまになら、休んでもいいと思うから、ね、だから……頑張ってほしい」


 すこし遅れて、返事が聞こえた。


「それって、光からのお願い?」

「うん……わたしから、稜月ちゃんへの、お願い」

「ならぎゅってして、光も。そしたら、頑張れるかもしれないから」

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