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死にたがりのあなたがいちばんすき〜自殺を止めてあげたのに、あの女の子は知らんぷり。もういいって背を向けたら、「いかないで」と泣きついてきた〜  作者: 光
第二章 三奈木光と呼ばれたりしていて【side光】

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第20話 カウントダウン

 稜月ちゃんに手を引かれ、建物の影にあるベンチに移動した。

 また汚れてしまったセーラー服を見て、わたしは頭を下げた。


「ご、ごめんなさい、服に、わたしの、その……汚いものが、ついちゃって、あの、本当にごめんなさい。クリーニング代はちゃんと払うから、ごめんなさい、ごめんなさい」


 繰り返し頭を下げた。わたしの服についていた吐瀉物が移って、制服に染みができていた。小石ぐらいの大きさで、クリーニングなんてしてももう着たくないかもしれない。


「んー」と、稜月ちゃんは悩んでいるような声を出した。あまり深刻そうな調子ではなかった。

「別にいいよ。全然気にしないで、クリーニングもいらないから」

「え、でも」


 顔を上げると、稜月ちゃんは身体を潜り込ませるようにして覗き込んできた。腰を曲げたままだったわたしよりも、さらに低い位置に頭があった。


「それでぇ、なんで泣いてたの? やっぱり、私に会えなかったから?」

「な、泣いてなんか……頭をぶつけて、痛かったから、それだけ」

「ふぅん」


 稜月ちゃんは身体を離して、目を細めた。


「じゃあ、これは?」


 そう言って、稜月ちゃんはセーラー服の裾についた茶色いシミを指さした。


「それは、その、ちょっと気分が悪くて……」

「どうして?」

「どうしてって、ええと……」


 頭の中に、バチバチと火花が弾ける。まためまいがしてくる。

 理由、理由、ええと、変になったきっかけ、それって。


 そうだ。


「ぁ……」


 稜月ちゃんの顔が目について、熱波のような風よりも、頬の内側が熱くなった。言えない、言えるわけがない。


 口を閉ざしたままでいると、稜月ちゃんはいやらしい笑顔を浮かべた。


「正直に話してくれないなら、服のこと、やっぱり許すのなしにしよっかなー」

「え、え、そんなの後出し……」

「うーん? 本当に反省してるのかなあ?」

「し、してます……ごめんなさい……」


 肩が丸まって、目を伏せそうになった。


「嘘つきの光は嫌いになっちゃうかも」


 稜月ちゃんはそっぽを向くように、斜め上に顔を向けた。


 嫌い、その言葉が頭の中を跳ね回る。心が一本の線のようになって、ちぎれてしまいそうだった。身体中に虫が這い回って、肌が骨から離れていくような気がした。


「どうする? ちゃんと話してくれたら、もっと光のこと好きになっちゃうけど」


 甘い吐息を、吹きかけられてるみたいだ。好き、好きって言われるだけで、胸の中が暖かくなる。稜月ちゃんはわたしが好き、嫌いになっちゃうけど、まだ好き、もっと好き。


 うー、と唸り声のようなものが喉を伝わってくる。頭をぶんぶん振りたくなって、我慢する。だめ、だめだ、流されちゃいけない。好きとか、嫌いとか、そういうのは一旦忘れて、ちゃんと考えよう。嘘は、確かにつきたくない。だけど、変な誤解されるのも、キツイ。


「まーだ?」

「ちょ、ちょっと待って、理由、思い出すから」

「あと五秒。ごー、よん」


 うぅ、稜月ちゃんが心配だった、苦しかった。だから、だからちょっと変になってわたしはおかしくて、だけどそんなこと言えなくて、言えるはずなくて、言ったら。


「さーん、に」


 まるで好きだってみたいになっちゃうから。言わないで、言っちゃダメだ。

 でも、でも、嘘は嫌だ。嘘を付くと、嫌われちゃう。わたしなんかいらないって、わたしなんか、わたし。


「いちぃ」


 言う。言わない。

 嘘。本当。


 誰か、あ、あ、灯里、お姉ちゃんどうしたら、だめ、ダメだ。誰も答えてくれない。誰もいない。自分で決めないと、ちゃんと、ひとりで。


 ビブラートをかけるように、稜月ちゃんは音を伸ばした。


「ぜぇーろ」


 目が合う。稜月ちゃんはいつのまにか、正面からわたしを見つめている。笑ってる、楽しそうで、どこか小悪魔的でもある。楽しんでいる、いや、期待してる、わたしが、まともだってことを。


 ゼロ、ゼロっ、次はない、マイナスはない。あ、あ、あぁ。

 言った。


「わ、わたしは! あ、あ、うぅ……稜月ちゃんに、稜月ちゃんに……」

「んー、よく聞こえないよ」


 両目を見開いた、声を大にした。もうやぶれかぶれ。


「稜月ちゃんに会いたくて、来てくれなかったから……とっても不安だったの」


 涙が滲んできた。汗ばむ手に、ぎゅうっと力が入った。内股になって、足の指がむずかゆかった。

 稜月ちゃんは両手を広げた。笑顔の十乗って感じの笑顔で、わたしに飛びついてきた。


「よく言えましたぁ。えらいえらい」


 抱きつかれながら、頭を撫でられる。

 馬鹿みたいな絵面なのに、逃げ出すなんて無理だった。



 職員さんに謝って、汚いものを掃除させてもらって、それから家に帰ることにした。お腹や腕、洗い流しても残る茶色い跡。こんな服を着てたら、勉強どころじゃない。


 なのに、稜月ちゃんと来たら。


「手、つなご、いいよね」


 返事も聞かずに手を握ってきた。内側から絡めてきて、腕までくっついた。


「ね、ねえ、あんまりくっつかないほうがいいよ。もっと汚れちゃう」

「光に汚いところなんてないからいーの」


 稜月ちゃんは気持ちよさそうに目を閉じた。


「そんなことよりもなによりもね、手を繋げないのは嫌だもん」


 鼻の下がムズムズと動いた。


「これ、手だけじゃなくて、抱きついてるんじゃ……」

「そうだね」


 稜月ちゃんはそれ以上なにも言わず、結局、そのまま歩き続けることになった。

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