第17話 食べ物の味なんて
外のベンチに座って、お弁当を突っつくことになった。
「勉強とは……」
「光?」
ぼーっとして、腰がずり落ちていく。樹冠の隙間から漏れる光が、眩しかった。
「学校行くのめんどくさいなーって思ったから、電車には乗らなかったの。それでね、たまたま今日は親が家にいないから、おべんと作ってきちゃった、食べてほしいな」
お尻に力を入れて、座り直した。だめだ光、流されるな、これじゃ本当にカップルみたいだ。断ったはずなのに。
「じゃなくて。わたし、勉強しに来たんだけど」
「知ってるよ。でも、食べてからでもいいでしょ。あ、お昼とってきちゃった? でもいいよね、頑張って作ったんだし、食べられるでしょ」
稜月ちゃんは保冷バッグから弁当箱を取り出して、テキパキと包みを剥がしていく。
「まあちょっとくらいなら……ちがくてね、勉強、勉強するのわたし、わかるでしょ?」
「うん、だから一緒にしようかなって。毎日来るんでしょ? やっと明日土曜日だから、またお弁当作ってくるね」
「今週ずっと休んでた気がするんだけど……」
そんな質問を無視して、稜月ちゃん鼻歌交じりにお弁当を広げた。弁当箱は、かわいらしいピンク色で、なかなかの大きさだった。
「お弁当なんて普段は作らないんだよ。光のためにすっごく頑張ったから、ちょっとくらいは手つけてほしいな。お話はあとで聞くから」
「ね?」と上目遣いで圧をかけてくる。いじらしい瞳には、不安と期待が同居しているように見える。断ったら、また泣き出しそう。
のけぞりながらも、頷いていた。
「わ、わかったよ、あんまり感想は期待しないでね、苦手だから」
「うん!」
稜月ちゃんは、わたしの三倍くらい大きく頷いた。
「へたっぴで、恥ずかしいんだけど」
口ごもりながら、稜月ちゃんは蓋を開けた。中は二段重ねになっていて、上段には卵焼きと、タコさんウインナーが並べられていた。下段にはぎっしり詰め込まれた白米と梅干し。
「あれ、意外と普通」言って「あ」っと口を押さえる。
「こういうの……嫌だった? 逆にかわいいかなって思ったんだけど」
「違う、違う違う、ちょっと想像と、違っただけ、いい意味で」
もっとカラフルな世界が広がっているものと思っていた。逆にというのはよくわからないけど。
あんまり慣れてなさそうだ。卵焼きは焦げていて、ウインナーは足が十六本もある。ご飯は圧着されすぎているし、もう少し彩りがあったほうがいいのかな、とも思う。
けど、その不格好がむしろ一生懸命。そんな、稜月ちゃんのお弁当。
「見た目は悪いけど……愛情だけは誰にも負けないから、食べてほしいな」
「う、うん、じゃあ、貰うね。えっと、お箸は――」
「ここ」
いつの間にか稜月ちゃんは箸を手にしていて、卵焼きをつまんでいた。
「はい、あーん」
手を添えて、わたしの口へと運んでくる。なんのつもり、って、わかるけど、恥ずかしい。
ぷるぷるする卵焼き、見つめてくる稜月ちゃん、口を開けているわたし。
わたし? そこは嫌だって言うところじゃないの? ちょっと、あ、あ。
「あ、あーん? はむっ、む」
さきっちょを咥えて、そのまま口内へと招き入れる。もぐっと一噛みすると、砂糖の甘さが広がった。卵のふわふわと、歯を溶かすような風味が溶け合って調和している。
甘すぎるくらいに甘い卵焼き。砂糖の量を間違えている。見た目と違って、中身は想像通り。
なのに、それは。
「お……おい……しい……?」
そうこぼすと、稜月ちゃんは頬をほころばせた。
どんどん箸がやってきて、餌を与えられる雀みたいに、わたしはパクパクし続けた。
あんまりにも濃い味付け、不慣れってレベルじゃない、普通なら胸焼けして喉がカラカラになる。カラメルのような卵焼き、希釈し忘れためんつゆみたいに濃いウインナー、潰れたお米。稜月ちゃんの味は、なぜかちょうどいい。
舌を破壊される美味しさに、ちょっぴり涙が滲んできた。
次の日も、その次の日も稜月ちゃんは図書館に来た。というか、いた。開館時間に合わせても、少し遅らせて行っても、必ず先に着いていた。
稜月ちゃんは視聴覚コーナーで映画を見ていたり、わたしの隣で本を読んでいたりした。たまにあくびをしていて、あまり楽しそうには見えなかった。勉強はというと、一秒たりともしているところを見なかった。
不思議なことにスマホを使っているところを見ない。まさか、今どきの女子高生が持っていないなんてことはないだろう、と思って聞いてみた。
「うん、持ってたんだけど画面が割れちゃって、それから買い替えてないんだよね。どうせ使わないし、いいんだけど」
「え、友達とか家族とか、平気なの?」
「友達なんてひとりもいないからね、親もどうでもいいし。って、前に言わなかったっけ?」
稜月ちゃんは、首をかしげた。そういえば、そんなこと言ってた気がする。
「光がいれば、なんでもいいよね」
そう言って、稜月ちゃんは腕に絡みついてきた。わたしは身体の反応をこらえて、そっと稜月ちゃんを遠ざける。そしてまた机に向かった。




