第15話 女の子だからってわけじゃ、ないけれど
食事を終え、軽く身支度をしてから外に出た。その言葉の真偽はわからないけれど、稜月ちゃんは学校に行くと言っていた。
サンダルにTシャツ姿のわたし、セーラー服の稜月ちゃん。並んで家の前の道路を歩いた。今日も空は青くて、夏の日差しがアスファルトを焼いていた。
稜月ちゃんはリュックのショルダーストラップを握りしめて、足を大きく上げている。時折わたしの方を見ては、すぐに正面に視線を戻した。珍しく、無言だった。
前からトラクターが走ってきて、ぶつかるまえに避けた。道路の端っこに寄って、二人で通過を見送る。去った後も、どっちも足を動かそうとせず、また静かな時間が訪れた。
稜月ちゃんをちらっと見る。目が合って、笑顔を向けられた。眩しくて、顔をそらした。
また、正面の畑を見た。ちくちく時間が流れるたびに、身体中がむずがゆくなって、息が詰まる。気づけば、こっちから話しかけていた。
「そういえば、さ、ここからだと結構歩くよね、駅まで。いつもそうしてるの?」
「ううん。いつもは自転車だよ。最近は光がいるから、歩きだけど」
「へえ……毎日歩きなんて、無理か、そっか、そうだよねえ、わたしも買わないとなあ、自転車。あ、でも家にあったかも」
首筋から上の方に、視線を感じた。横目で伺うと、目を細めた稜月ちゃんがじっとわたしを見つめていた。
浮き出した汗が、うなじをツーっと流れていった。
とりあえず謝ろうか。また不機嫌にさせちゃったらやだな。でも、なんで、どこに対して謝ればいいのか、それがさっぱり――
「それで?」と稜月ちゃんが言った。
上目遣いで、わたしを見上げていた。今度は目をぱっちり開けて、瞳を揺らして、おねだりする子どものようにも見える。
「そ、それでって?」
軽くのけぞって、サンダルのかかとが、路上に浮いた砂を削った。
「朝起きてから……ううん、昨日別れてからずっとドキドキしてるんだよ。私の気持ち、光は見ないふりしちゃうの?」
「あー……それ、ね、あはは、そっかぁ、だよね、それで来たんだもんね」
「もしかして、忘れちゃってたの?」
「そ、そこまで抜けてないよ、わたし。覚えてるって、ちゃんと。ただ、ただ? 違う、ただじゃない、でもだ、そう、でもね」
「でも?」
稜月ちゃんの目尻がやや垂れるのがわかった。指という指が不規則に動き出す。脱力感、次の一言がつっかえる。
圧力、感じる。言わせないぞって、意志を感じる。でもだめ、ダメダメ、こればっかりは合わせちゃだめ。いけわたし、頑張れわたし、言え、ちゃんと伝えなさい。暴れていた手に力を入れて、思いっきり握りしめた。
「ご、ごめんなさい。あれは、わたし的にはちょっと違うなって思って……そういうのわからないし、本当に、ほんとにごめんなさい。もちろん、友達なら大歓迎、なんだけど、恋人は」
鉄の塊みたいに胸が厚い。最後の言葉が、重くてなかなか出てこない。
息を吸って、吐き出した。
「恋人は……わたしには向いてないと思う」
畑の方でエンジンが始動して、チェーンソーが回るような音が聞こえてきた。それに驚いて、近くに止まっていた鳥が一斉に羽ばたいていった。
普段通りの、ふわふわした声が聞こえてきた。
「ねえ光、私の目を見て」
その声を聞いて、強ばっていた身体から力が抜けた。
「女の子同士が普通じゃないから、無理だって言ってるんだよね?」
「え、あー……、なくはないかな、それも」
「どうして? 私と付き合ってるって思われるのが、嫌だってこと?」
「……え?」
「つまり、嫌いってことだよね?」
稜月ちゃんは笑顔だった。あまりにも普通で、普段通り。
「違う、違うよ、それはそうじゃない、えっと、そういうことじゃなくてね、自分でも、そういうのがわからなくて、簡単に受け入れるわけには、いかなくて。そんなの、稜月ちゃんにも申し訳ないし」
「空気読めない私が悪いってこと?」
胸が詰まる。冷や汗が止まらない。
「違うって、それも違う。わたし、わたしが受け止めきれないって、そういうこと、だから。悪いなんて、思わないで」
「それってぇ、本当は好きだってことだよね」
「それは……嫌いでは、ないけど、もちろん」
「うれしー、やっと好きだって言ってもらえた。あれ? だったらなんでダメなの?」
稜月ちゃんは左右に頭を揺らした。「あぁ」と言って、両手を叩いた。
「私が男の子ならよかったんだっけ。それならもう、今頃手を繋いで一緒に駅に向かってる。キスして、抱き合って、好きだよって言ってくれて――かわいそうな光」
稜月ちゃんは頬に指をあてて、首をかしげた。
「真剣になれないんだね、私との関係に。勇気出したのに、そんなふうに言われると、ちょっとショック。光だけはそういうこと言わないって……ダメだなあ私、いつも思い込んじゃう」
目を細めて、稜月ちゃんは暗い顔になった。
「私と恋人なんて嫌だもんね。女の子同士なんて変だもんね。みんなそう言うもんね、だから自分の気持ちもわからなくなっちゃうんだよね」
「稜月……ちゃん?」
「悩むこともできないなんて。好きなのに、好きでいてくれるのに、世間の目があるからって……そんなのないよ……最初から断ろうって思ってるんだよね……」
稜月ちゃんは片手で口元を覆った。充血させた目を、なんどもしばたく。鼻をすする音が、耳によく聞こえた。
「わかってる……光が悪いわけじゃない……悪いわけじゃないけど……」
濡れてしまった目で、稜月ちゃんはわたしを見つめた。
「……どうして私は男の子じゃないんだろう」
胸の真ん中がくり抜かれて、空洞になった。頭の中が薄い膜に覆われていて、考えがまとまらない。男の子だって誰でもいいわけじゃ、ないけれど。
でも、最初からこんなふうでもないのかも。




