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死にたがりのあなたがいちばんすき〜自殺を止めてあげたのに、あの女の子は知らんぷり。もういいって背を向けたら、「いかないで」と泣きついてきた〜  作者: 光
第二章 三奈木光と呼ばれたりしていて【side光】

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第14話 いつでもどこでも稜月ちゃん

 真っ暗闇にセーラー服を着た女の子が立っていた。ふわふわしたショートカット。軽く首をかしげて、笑ってる。両手を広げて、駆け寄ってくる。


「よかったぁ、光ちゃんといたあ。どっか行っちゃったかと思った」

「稜月ちゃん、なんで」

「なんでもないよ。光がいれば私はいるんだから」


 広げられた両腕に、抱きしめられる。二の腕と背中をあたたかい鎖で縛られて、その子の胸の中で丸くなる。ふわふわ浮かんで、呼吸が静かになった。


「平気だよぉ、なんにも怖いことない。光だよ、光がいいの、光だから好きなの」


 好きという言葉が中に入ってきて、バラバラになる。

 声は出ない。


「だから、死にたいだなんて言っちゃだめだよ」

「稜月ちゃ――」


 耳元で明るい声がした。


「光っ、起きて、私来たよー」


 また目が開く。もやが浮かんでいて、あれ、なんだっけ。あれ。

 口が粘ついていて、溜まった唾を飲み込んだ。


 目の前が薄暗かった。周りは明るいのに、頭上だけが影になってる。丸っこいなにかがある。凹凸があって、枝垂れみたいに黒く細い髪を垂らしてる。目があって、口があって、小刻みに動いてる。顔だ、笑ってる。……顔?


「わーやっと起きたぁ、光、おはよう!」

「ふぇえ?」


 びくっと身体が反応して、急加速したみたいに後頭部が枕に沈んだ。まばたき、早すぎてぺちぺちって音が自分で聞こえた。

 目の前で、ふっくらしたほっぺが歯と一緒に笑っていた。


 わたしの部屋に、稜月ちゃんがいる。


「なぜ」


 稜月ちゃんの頬がさらに上がって、目が細くなった。


「会いたかったから、来ちゃった」

「な、ぜ」


 くらくらと頭の奥が揺れていた。



 稜月ちゃんはわたしが寝ていたあたりを触って、手のひらの匂いを嗅いだ。


「すごい寝汗、光の匂いが染み込んでる。嫌な夢でも……ま、なんでもいっか、元気そうだし」


 ぞくっと全身に鳥肌が広がった。筋肉がこわばって、正座のあとのように痺れている。


 呼吸を整えず、股の間に両手をついた。


「な、なんで、いるの? わたしの部屋、だったと思うんだけど、ここ」

「なんでって、光に会いたかったから?」

「そうなんだろうけど、そうじゃなくて、そんなことじゃ――」


 開けっ放しの扉の向こうを、洗濯かごを抱えたおばあちゃんが通り過ぎた。よっこらよっこらとゆったり足音を鳴らして、数秒経ってから戻ってきた。


「おや光、ようやく起きたかい。朝ご飯できてるよ」


 おばあちゃんは稜月ちゃんに目配せして、ぶっきらぼうに言った。


「小毬ちゃんもよかったら食べてきな。まだだって言ってたろ」


 稜月ちゃんは振り向いて、膝に手をついておじぎをした。


「はい、ありがとうございますおばあさま。あはっ、嬉しい、家だとパンしかないんです」


 稜月ちゃんは胸の前で手を組んで、身体をくねらせた。おばあちゃんは片手を上げて、その場を立ち去った。

 へえ家だと朝ご飯ないんだ……って違う、そうじゃない、そんなことじゃない。えっと、えと、つまり、普通に玄関から入ってきた……のかな。


「なんとなく経緯はわかったけど……それで、なにしに来たの? こんな早くに」


 まだ背中を向けたままだった稜月ちゃんの肩が、びくんっと反応した。つま先を上げてかかとだけで立ち、そのまま器用に半回転した。

 やや内股になっていて、心なしか顔が赤い。キョロ、キョロっと目が動いて、こっちを見たり、逸らしたり。にたぁと口角が上がって、息を吐くように笑った。


「なんでって、そんなの……」


 稜月ちゃんにしては珍しくいじらしい態度。なにがあっ……記憶が染み出してくる。整ってきた呼吸がまた速度を上げて、身体が熱くなった。

 無意識に唇に触れると、稜月ちゃんは目を見開いた。


「あ……あの、私、配膳の手伝いしてくるねっ」


 ドスッとその手からリュックが落ちる。素早く振り向くと、あっという間に稜月ちゃんは走り去ってしまった。


 手を伸ばしかけて、途中でやめた。ひとり残されたわたしは、ただただ無人の廊下を眺めた。


 そういえば、とんでもない爆弾を抱えてたんだった。

 どうしよう。


 朝食の席で、稜月ちゃんはずっとニコニコしていた。背筋を伸ばして正座して、煮物や卵焼き、お米まで、口にした食べ物すべてを絶賛していた。


「美味しい……うちのと全然違います」


 じとっとした目のみちるちゃんが、稜月ちゃんを凝視した。


「こまりんさあ、それ本当に思ってる?」


 稜月ちゃんの箸が止まった。お味噌汁のお椀を置いて、笑顔をみちるちゃんに向けた。


「どうして、そんなこと聞くんですか?」


 会話が途切れて、わたしも含めた全員の視線がみちるちゃんを向いた。扇風機の回る音が、やたら大きく聞こえた。

 みちるちゃんは口を結んで、袖なしの肩を軽くさすった。稜月ちゃんとテーブルを交互に見て、言った。


「いや、そのたけのこ、アタシが煮たやつだから、美味くねえって思ってたんだけど」


 みちるちゃんは横を向いて、軽く口をとがらせていた。

 みんなの視線を浴びた稜月ちゃんは、小鉢からたけのこをすくって、口に運んだ。じっくり咀嚼して、飲み込んだ。その動作がスローモーションに見えて、喉の動きまでわかった。


「美味しいです、とっても。切り口が荒くても、むしろ個性じゃないかなって、私は思いますよ」


 耳たぶがぴくっと揺れて、みちるちゃんの頬が赤くなった。


「そ、そうか、ならいいんだけどよ。変なこと聞いて悪かったな」

 みちるちゃん、嬉しそうにしてる。あんな顔、こっちに来てから初めてかも。でもそうか、わたし、ご飯を美味しいって言ったこと一度もないんだ。

 手にしたお茶碗が、少し重くなった。美味しいって言葉が喉元まで出かかって、そこで止まってしまう。


 味がよくわからない。美味しいも、不味いも、どっちも。


「あ、でもぉ、ためにならないから、あと一歩って評価に訂正しときます? あはは、冗談ですよー」


 自分の声がほとんど聞こえない食卓に、稜月ちゃんの明るい声が響いた。

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