第12話 え、すき
「ほんと? それじゃあ、友達になってくれるの」
光は胃のものを吐き出しそうに嗚咽した。頬が膨らんで、顎ががくがくしてる。
「う……ぅ……こんなわたし、いいなら、気持ち悪くないなら……」
しゃがんで、光の肩に両手を伸ばした。ちょっと離して、触れないでおく。また発作が出たらめんどくさい。
「気持ち悪くなんてないよ。誰だって人には言えない辛いことってあるもんね。私はそんな光が……って言ったら変だけど、強がってる人より全然いい」
震える瞳が私を見ていた。私だけを。
「稜月、ちゃ……」
微笑む。
「無理しないで、そのままでいてね、光」
口の端から涎の垂れる頭が、迷子になったようにふらふら揺れていた。
借りていたハンカチを返すと、光は目元をゴシゴシと拭った。下を向いて頬を赤く腫らしたまま、呟く。私はすぐ隣に座って、その横顔を眺めていた。
「ごめんね……迷惑ばっかりかけて……すぐ落ち着くから……すぐ……」
右目を拭って、反対を拭って、折りたたんだままのハンカチを擦り付けている。涙が染み込んで、混ざりあって、黒い染みが広がる。見てるだけで、胸がばくばくした。
「いいや、別に。さっきも言ったけど、無理される方が私嫌だもん」
「無理なんて……してない……こんなの変なだけ……変な……」
黙り込んだ光は、鼻をすすった。顔は下を向いたまま、ほとんど目を瞑っている。長いまつ毛がウェーブしていて、ちょっとお姫様みたい。
鼻から吸って、口から息を吐く。空気の流れる音がよく聞こえてくる。息切れしてるみたいで、テンポは遅い。すこし開いた薄いピンクの唇、しゅっとしたほっぺ。
どき、どき、どき、胸が反復運動。光を見ているだけで心臓の音はどんどん大きくなって、落ち着かない。腰回りが熱くて、中は震えてる。だんだん、こっちまで息切れしてくる。
胸が詰まる。息苦しい、苦しい。ひかる、光、光、私の。眉毛すごい整ってる、髪の生え際とっても滑らか、キューティクル、背中の半分くらいあるのにつやつやでささくれ一つない。うなじが見える、細い首、顎、鼻、光、光だあ。
床に片手をついた。支えにして、顔を光に近づける。肩口の手前くらい。
うっすら椿の匂い。くらぁと頭の中が斜めを向いてる。
「ねえ」
一秒遅れて、光がぴくっと顔を上げた。目を開いてこっちを向くと、条件反射みたいに身体ごと離れていった。
光は三度まばたきをした。空っぽの口を開けて、私を見つめていた。
「稜月ちゃ……ど、どうしたの」
「え……あ、えっとぉ」
指で自分の唇から下顎までをなぞった。
えっと、光、じゃなくて、んぅ、いい匂い、光の匂い。息を吸うととろけそうな冷たい空気が鼻に流れ込んできた。
「えっとね、えっと」
顔を寄せた。光に腕を回した。喉の奥から直接出るハァ、ハァというかすれた音が聞こえた。
「光、すきぃ」
「え」
両腕で光を抱きしめる。触る。二の腕に胸が密着する。顔が近づく、光がすぐそばにいる。ほっぺ、くちびる、くち、光。
「やめっ……ん」
唇が重なった。強く抱きしめて、光を味わう。ぬるい吐息が入ってくる。舌を差し込む、触れる。ぬるり、ざらり、ちょこちょこふれあう。「んぅ、うぅ」全身がほてってる、鼓動で頭がいっぱいになる。
もっと、もっともっと、角度変えて、深く光、ひか――
「ぷはっ、ちょ、な」
肩口を押されて、光が遠ざかっていった。
光が私を見ていた。手の甲を唇に当てたり、離したりしてる。息が荒い。光も興奮してる。
「な、なん、えぇ、い、え、待って、え、なに、どういう」
「ぁ、ごめんね、我慢できなかった、光がとっても素敵だから」
うつむきそうになって、目だけを上げて光を見た。股に挟んだ手が、もぞもぞっと動く。
いっぱいたくさんほわほわが身体の中に漂っていて、あたまがとんじゃいそう。
「素敵って、なんで急に、そんなこと」
「だって光がいいって言ってくれたから、いいのかなって」
目を見開いた光は、ぎこちなく首を横に振った。
「言ってない、言ってないそんなこと言ってない、言って、ないよ」
「そうなのぉ? ……でも、私、光のことが」
光の顔が急に色づいて、両手を出してきた。
「だ、だめ、それ、それいじょ――」
光を見る、見つめる。ほわほわがほっぺたに集まる。
「好きになっちゃったみたい」
お股が閉じて、足がぶるぶると震えた。腰も腕も、お腹も。
顔だけが緩んでいた。
ぱくぱく光の口が動くのが見えた。
「ごめん、なさい、わたしそういうの、むり」
自分の身体を抱きしめると、光は立ち上がって、転びそうになりながらお寺を出ていった。あーあ、行っちゃった「うふ、うふふ」でも、しょうがないか、急だもんね。
光の漏れる出入り口を見た。
「また明日ね、光」
三本指で、唇を抑えた。




