第九十章:酔い覚ましの散歩
店主が用意した祝宴の料理を堪能し、ワインの杯を何度も重ねた後、ルシアスとセレスはゆったりとした気分でカフェを後にした。
店の扉を開けると夜風が心地よく肌を撫でた。王都の喧騒はすっかり落ち着き街路のランプが淡く光を投げかけている。
「飲みすぎたな……。」
ルシアスが軽く首を回しながらゆったりと歩き始める。
「あなたが調子に乗って飲むからよ。」
セレスは小さく笑いながら彼の隣を歩く。
「……まあ、祝宴だったしな。」
ルシアスは肩をすくめるとカフェの灯りを振り返った。
「だが、いい夜だった。」
「そうね。」
セレスも頷く。
しばらくの間、二人は静かに並んで歩いた。
王都の夜は静かでどこか落ち着く。昼間の喧騒とは打って変わって石畳を踏みしめる音だけが響いていた。
「……王との謁見、見てたけど……あなた、本当に堂々としていたわね。」
不意にセレスが口を開いた。
ルシアスは横目で彼女を見る。
「当然だろう。俺は昔、魔王だったのだからな。」
彼は薄く笑いながら手をポケットに突っ込む。
「それにしても……」
セレスは腕を組み少し考え込むような表情を見せた。
「あなたの言葉はまるで王と対等だった。いえ、それ以上の威厳があったわ。」
ルシアスは苦笑する。
「王というものは支配するだけでは長くは続かん。交渉し、利益を示し、周囲を味方につける。それができなければ一瞬で玉座を失う。」
セレスは静かにルシアスを見つめる。
「だが、俺はもう魔王ではない。」
彼は少し首を傾げながら夜空を仰ぐ。
「だが……人々を導くことに関しては今回も昔も同じなのかもしれん。」
セレスは彼の横顔をじっと見つめた。
自分は勇者だった。だが、政治や統治に関わったことは一度もなかった。
戦うことしか知らなかった。
国や人を導くということを本当の意味で考えたことがなかった。
だが、ルシアスは違う。
彼は戦うだけではなく、統治し、戦略を立て、未来を見据えることができる。
(ルシアス……すごいな……)
そんなことを思った自分に驚きながら、セレスは小さく微笑んだ。
「……何を考えている?」
ルシアスが不思議そうに彼女を見る。
「なんでもないわ。」
セレスは首を振り、夜の街を見つめた。
「……でも、魔王のころじゃなくて今のあなたみたいな人が王だったら、世界はもっと平和になるかもしれないわね。」
ルシアスは小さく笑う。
「そうかもしれん。だが、俺はもうただのカフェの従業員だ。」
「……そんなカフェの従業員が、王を動かしたのね。」
セレスの言葉に、ルシアスは思わず吹き出した。
「確かにな。」
二人は静かに笑い合った。
王都の夜風が心地よく吹き抜け、二人の距離が少しだけ近づいた気がした——。




