第八十八章:駆け引き
王との謁見の間に張り詰める空気は一瞬たりとも揺らぐことなく重く支配されていた。
アウレリウス王の紫紺の瞳はまるで獲物を狙う猛禽のごとく、ルシアス、店主、セレスの三人を鋭く見据えている。
「貴様たちの“変革”がこの王国にとって利益となるか、脅威となるか……」
アウレリウス王は低く静かな声で言った。
「それを決めるのは貴様たちではなく、この余だ。」
その言葉に対しルシアスは嘲るような微笑を浮かべる。
「ふん、王ともあろう者が当たり前のことを口にするとはな。」
王の眉がわずかに動く。
廷臣たちは一瞬息をのんだがルシアスは構わず続けた。
「とはいえ決めるのが貴様であろうとなかろうと、事実は一つしかない。」
ルシアスは歩を進め、王と正対する。
「俺たちは王都の商業を統べる礎を築いた。そして交易を支配する者がこの国の未来を決める。」
その発言に、廷臣たちの間でざわめきが起こる。
「なんという傲慢な……!」
「無礼だぞ……!」
だが、王は微動だにせずただ静かにルシアスを見据えていた。
「貴様の言う“利益”とはなんだ?」
王の声には一切の感情がこもっていない。
ルシアスは薄く笑い、店主を促した。
店主は静かに前に進み王を真っ直ぐに見つめた。
「陛下、現在の王都は混乱の渦中にあります。」
店主は冷静に語り始める。
「ヴィクトール侯爵が支配していた交易網が崩れ、市場は未だに不安定なままです。商人たちは新たな商機を求め、貴族たちは投資の先を探し、軍は物流の管理に頭を悩ませている。」
王は静かに耳を傾ける。
「そこで、“カフェ・アルカディア”が新たな商談と情報の中心地となることで市場は安定し、貴族も商人も利益を得ることができる。物流も統制が取れ、軍の負担も軽減されるでしょう。」
王の目が鋭く光った。
「商人と貴族の利益を考慮するのは分かる。だが、それが王にとってどのような利となる?」
ここでルシアスが再び口を開いた。
「交易が活性化し経済が安定すれば王室の財源も潤う。そして——」
彼は不敵な笑みを浮かべながら続けた。
「王の影響力もより絶対的なものとなるだろう。」
王の表情が微かに変わる。
ルシアスはその変化を見逃さなかった。
「陛下、貴族どもがそれぞれ勝手に商圏を広げ、市場を意のままにしようとする現状は王にとっても好ましくはあるまい。」
王は無言でルシアスを見つめる。
「“カフェ・アルカディア”が情報と交易の中心となれば、王は貴族どもの動きを手に取るように把握できる。」
ルシアスは冷たく微笑む。
「誰がどこで何を取引し、どの市場にどれだけの資金を流しているか——それが分かれば貴様は貴族どもの暴走を未然に防ぐことができる。」
王は沈黙したままルシアスを見つめた。
「……つまり、貴様たちは“カフェ・アルカディア”を利用して王国の交易を我の手中に収めると言いたいのか?」
ルシアスは鼻で笑う。
「違うな。俺たちがするのは市場に秩序を与えることだ。それが結果として王の力を強めることに繋がると言ったまで。」
王の瞳が僅かに細められる。
「貴様の言葉には余を持ち上げるようでありながら、同時に試すような意図も見える。」
ルシアスは薄く笑った。
「貴様ほどの王なら当然そのくらいは見抜くだろう。」
廷臣たちが一斉に息を呑む。
まるで、ルシアスは王と対等に話しているように見えた。
「ほう……なかなか興味深い考えを持っているな。」
王はゆっくりと微笑み椅子に深く腰掛けた。
「ならば聞こう。“カフェ・アルカディア”がこの王国にとって利益となるのか、脅威となるのか——」
ルシアスは冷ややかに微笑む。
王は静かに目を細めた。
「ふむ……」
この場での決着はつかない。
だが、明らかに王は「カフェ・アルカディア」の存在を無視できなくなっている。
「ならば、しばらく様子を見させてもらおう。“カフェ・アルカディア”が王国にとってどのような価値を持つのか……。」
王の声には何かを計算するような響きがあった。
ルシアスは静かに頷く。
「いいだろう。貴様の“監視”は俺たちにとっても悪くない。」
王は満足げに頷いた。
「ならば、しばらくは余の目の届く範囲で動いてもらうことになる。」
ルシアスは肩をすくめた。
「好きにしろ。俺たちはやるべきことをやるだけだ。」
王は三人をじっと見つめた後ゆっくりと手を振る。
「下がれ。」
ルシアスは軽く一礼し、店主とセレスと共に玉座の間を後にした。
こうして「カフェ・アルカディア」は正式に王の認識のもと、王国最大の商談と情報の拠点として確立することとなった。




