第八十一章:破滅への序曲
王都の夜は冷たい風が吹き抜け、静けさの中に不穏な気配が漂っていた。
ルシアスと店主はカフェの奥にある小部屋で並んで座っていた。目の前にはヴィクトール侯爵の不正を暴く決定的な証拠となる書類が並んでいる。
「……ここまで揃えば、奴を逃がすことはない」
ルシアスが低く呟いた。
「商人たちの抗議、軍の内部告発、そして闇組織との繋がりを示す証拠……」
店主は腕を組みながら静かに言葉を続けた。
「軍部の高官、ロイゼル准将はすでに動き出している。明日の評議会でヴィクトールを告発する準備を進めているそうだ」
「そうか……」
ルシアスは目を細めながら書類の束を軽く指で弾いた。
「ヴィクトールはこの三日間、俺たちを潰そうとあらゆる手を使った。だが、今度はこちらの番だ」
「カフェを潰そうとしたことが結局奴の命取りになるとはな」
店主が苦笑する。
「さて、最後の一押しだ」
ルシアスはゆっくりと立ち上がり窓の外を見た。
王都の中心にある王城の評議会議事堂。そこでは翌朝、王国の全てを決める貴族評議会が開かれる。
「俺たちがやるべきことは単純だ」
ルシアスは静かに微笑んだ。
「ヴィクトールが逃げられないよう、最後の罠を仕掛ける」
翌朝の王国評議会議事堂——
王都の中心にそびえ立つ議事堂の大広間には、王国の主要な貴族たちが集まっていた。
豪奢な衣装を纏った貴族たちは、それぞれの椅子に座りながら今日の議題について低く囁き合っていた。
その中心に立つのはヴィクトール侯爵。
彼は優雅に微笑みながら自らの計画が順調に進んでいることを確信していた。
(商人たちの抗議は所詮ただの騒音にすぎない。軍部も私の影響力には抗えまい)
彼は静かに息をつき、評議会の開始を待っていた。
だが——
その時、議事堂の扉が重く開かれた。
「議会を始める前にこれを提出する」
ルシアスが堂々と議事堂へと歩みを進める。
その後ろにはロイゼル准将、ガルシウス・レイモンド、店主、そしてセレスが続いていた。
「……何の真似だ?」
ヴィクトールが目を細める。
「王国軍の正式な報告書だ」
ロイゼル准将が静かに口を開いた。
「ヴィクトール侯爵が王国軍の物資を裏組織“黒蛇”へと横流しし、王国の交易を私的に支配しようとした証拠である」
「なっ……」
ヴィクトールの顔から余裕の色が消える。
ロイゼルは書類を高々と掲げ、評議会の貴族たちに見せつけた。
「これは侯爵自らの署名が入った命令書である。この証拠が示す通り彼は軍の一部を私物化し、王国の秩序を乱す行為を行った」
広間にどよめきが走る。
「これが事実ならば……これは裏切り行為ではないか!?」
「軍の私物化とは……!」
貴族たちが次々に声を上げる。
「……落ち着け」
ヴィクトールは一瞬だけ狼狽したものの、すぐに冷静さを取り戻すと嘲笑うように微笑んだ。
「これは……単なる捏造にすぎません」
「捏造?」
ルシアスはニヤリと笑った。
「では、これはどう説明する?」
彼は手元のもう一つの証拠を差し出した。
「昨夜、王都の東街区にある廃倉庫から押収した文書だ。そこには王国軍の命令書を偽装し、私兵を密かに動かしていた記録が残っていた」
「……!」
ヴィクトールの指が小さく震える。
「それに加え王都の商人たちが正式に証言している」
セレスが一歩前に出る。
「ヴィクトール侯爵が交易を独占し、王国経済を牛耳ろうとした証拠がある。彼が支配しようとした市場は王国の繁栄そのものに関わる重要な場所。その権限を握ろうとした時点で王国の未来を危険に晒している!」
さらにガルシウスが重々しい声で告げる。
「貴族たちよ、軍を私物化し、交易を支配しようとする者が王国のためになるか?」
「……」
議場は静まり返った。
「ヴィクトール侯爵」
ロイゼルが冷たい視線を向ける。
「これだけの証拠が揃っている。貴様はこれをどう弁明するつもりだ?」
ヴィクトールは一瞬だけ唇を噛みしめた。
しかし、彼の目にはまだ策が残されているという確信があった。
「……証拠は揃っていると仰るが、それが私の仕業であると断定できるものではない」
「つまり、逃げるつもりか?」
ルシアスが嘲笑する。
「貴様の部下、ベルハルト中佐も証言しているぞ」
「……!」
ヴィクトールの表情が凍りついた。
「彼はすでに拘束されて軍部の取り調べを受けている。彼の証言次第ではお前の関与が完全に明らかになるだろう」
貴族たちがざわめく中、評議会の長老が静かに口を開いた。
「ヴィクトール侯爵。貴様はこれらの罪状について如何なる言い訳をもって釈明するのか?」
ヴィクトールは拳を握りしめる。
(ここで認めれば私は全てを失う……)
彼は必死に頭を働かせた。
だが、打開策はない。
「……」
沈黙が敗北を示していた。
ルシアスが冷たい視線を向けながら静かに言い放つ。
「ヴィクトール。貴様の時代は終わりだ」
ヴィクトールの顔は蒼白になり、評議会の貴族たちも彼を見限った。
「これよりヴィクトール侯爵の全権を剥奪し、軍の監視下に置く」
長老が静かに宣言した。
王国の未来を歪めようとした貴族の没落。
その始まりがここに確定した。
ルシアスは静かに微笑む。
「……これで終わりだな」
カフェの存続をかけた戦いは彼らの勝利で幕を閉じた。
だが、それはまだ終わりではなかった。
ヴィクトールが王国で完全に再起不能となるまで——




