第八十章:影を暴く者
ルシアスは王都の裏路地を歩いていた。
月明かりすら届かぬ闇の中で彼は静かに情報を収集していた。
カフェ存続のためにヴィクトール侯爵の計画を揺るがせる——
そのために彼はこの都市の“影”に潜む勢力を暴き、直接的な圧力をかける必要があった。
「……まずはどこから崩すかだな」
ルシアスは路地の奥にある古びた酒場へと足を踏み入れた。
そこは表向きはただの酒場だが、裏では王都の裏社会の情報が集まる場所でもあった。
店の中に入ると喧騒と酒の匂いが入り混じった空間が広がる。
ルシアスは目立たぬように奥の席へ腰を下ろし酒を頼んだ。
すると、店の奥で賭博をしていた男がルシアスに気づく。
「……久しぶりだな、ルシアス」
目を細めたその男はカール・グレイヴァー。
裏社会のブローカーでありあらゆる勢力と関係を持つ男だった。
「お前がここに来るとはな。何の用だ?」
ルシアスは静かに酒を口にし低く言った。
「ヴィクトール侯爵の動きを知りたい」
カールは興味深そうに笑った。
「ほう……侯爵閣下にちょっかいをかけるとは、相変わらず無鉄砲だな」
「情報が欲しいだけだ」
カールはグラスを傾けてしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「最近、侯爵の周辺で妙な動きがある。お前も知っているだろうがヴィクトールは軍だけじゃなく裏の勢力も利用している」
「……具体的に?」
「王都の密輸業者、いくつかの傭兵団、それに……“黒蛇”だ」
ルシアスの目が鋭くなる。
「“黒蛇”……ヴィクトールと繋がっているのか?」
「確定ではないが奴らが侯爵のために動いているという噂はある」
“黒蛇”とは王都の裏社会に巣食う暗殺者集団。
国家転覆の動きがあるとき影の中からその企みを支える存在。
もし彼らがヴィクトールに雇われているのなら……ただの経済支配では済まされない。
「情報が欲しければもう少し動いた方がいいな」
カールはニヤリと笑う。
「“黒蛇”の活動拠点は東街区の廃倉庫にあるって話だ……」
「助かる」
ルシアスは立ち上がり酒代をテーブルに置いて東街区へと向かった。
街の中心部とは違いここは貧困層が住むエリアで闇の商売が横行する場所だった。
(この場所にヴィクトールが繋がっている……)
彼は細い路地を抜けて廃倉庫の近くにたどり着いた。
周囲には人気がなく静寂が支配している。
ルシアスは物陰に身を隠し倉庫の様子を窺った。
(……なるほど。見張りが二人、内部に少なくとも数名か)
“黒蛇”の拠点に潜入しヴィクトールの関与を示す証拠を掴む——
それができればヴィクトールの支配網は大きく揺らぐ。
(まずは見張りを排除する)
ルシアスは素早く動き出した。
見張りの兵士が倉庫の入り口で立っていた。
「……ん?」
次の瞬間、彼の首元にルシアスの魔力で作られた黒く輝くナイフが突きつけられる。
「静かにしろ」
男が呻く間もなく、ルシアスは素早く意識を奪った。
もう一人の見張りも同じように制し、ルシアスは倉庫の中へと忍び込んだ。
中では数人の男たちが密談を交わしていた。
「……侯爵の指示で次の輸送は南の港に」
「軍の護衛をつけると言っていたが問題ないのか?」
「問題ない。ヴィクトール様はすでに軍の一部を掌握している」
(……やはり軍と裏社会を繋げているのか)
ルシアスは慎重に近づきテーブルに置かれた書類を盗み見た。
そこにはヴィクトールが密かに軍の物資を“黒蛇”へ横流ししている証拠が記されていた。
(これを持ち帰ればヴィクトールの影の動きを証明できる)
しかし、その瞬間——
「誰だ!」
男の一人がルシアスに気づいた。
(気配を消していたはずだが、カフェの生活で気が緩んでしまったか……)
ルシアスは堂々と姿を現わした。
「相手が誰だろうと、貴様らの計画はここまでだ」
「なっ……!?」
ルシアスは一瞬で間合いを詰めて素早く敵の腕をねじ上げた。
さらにもう一人を蹴り飛ばして床へと転がす。
「こいつ……ただの盗賊じゃねえ……!」
「……お前たちのごときが俺の相手になるはずがないだろう」
ルシアスは書類を懐にしまい倉庫の出口へと向かった。
「待て! 逃がすな!」
男たちが追いかけてくるがルシアスの動きは彼らを遥かに上回っていた。
廃倉庫を抜け、屋根の上へと飛び移り、夜の闇へと消えていく。
その頃、店主はカフェへと戻りルシアスの到着を待っていた。
「……遅かったな」
しばらくしてルシアスが静かに扉を開ける。
彼は埃を払いながら店主の前に書類を置いた。
「……ヴィクトールの裏の動きだ」
店主は書類を手に取り内容を確認する。
「……これは、軍の物資を裏組織に横流ししている証拠……!」
「これがあれば王国の貴族たちも黙ってはいないはずだ」
ルシアスは冷静に言う。
「次はヴィクトールを真正面から追い詰める」
カフェの存続をかけた戦いは、いよいよ侯爵との直接対決へと進もうとしていた——。




