第七十七章:軍の意志を探れ
店主は軍関係者への働きかけを進めるため王都の各所を巡っていた。
商人たちの支持を集めるセレスとは別の動きとして軍内部にヴィクトールの影響が及んでいない高官や士官を見つけ、カフェ存続の必要性を訴えることが彼の役目だった。
だが、軍人といってもすべてがヴィクトール派に従っているわけではない。
中には貴族の私的な思惑に利用されることを嫌い、あくまで王国の安定を第一に考えている者もいるはずだ。
「……となれば、頼るべき相手は一人しかいないな」
店主が向かったのは王都の外れにある古びた屋敷。かつて王国最強の将軍と呼ばれた男——ガルシウス・レイモンドに会うために。
屋敷の庭では、剣を振るうガルシウスの姿があった。齢五十を超えているはずだがその動きには無駄がなく、いまだに現役さながらの鋭さを感じさせる。
「……また厄介ごとか?」
ガルシウスは剣を収め、店主に視線を向けた。
「お前さんがわざわざ俺を訪ねてくるということは、ルシアスが何か企んでいるんだろう?」
「察しが早いな」
店主は苦笑しながらカフェ存続のための戦略を説明した。
特に軍の支持を得ることが鍵になること、ヴィクトールの思惑に対抗するため軍の中でも独立した立場を持つ者を味方につけたいことを強調する。
「なるほど……確かにヴィクトールが影で軍を動かし始めているのは気がかりだった」
ガルシウスは腕を組みしばらく考え込む。
「俺自身はすでに引退した身だがかつての部下たちの中には今も軍で働いている者がいる。彼らを動かせば少なくともヴィクトールの好きにはさせないだろう」
「具体的に誰を頼れる?」
「ふむ……まずはロイゼル准将だな」
ガルシウスは低く呟いた。
「ロイゼルは現役の軍高官でヴィクトールとは一線を引いている。王国軍の“実務派”とも言われている男でな軍の中立を重視するタイプだ。もし彼が動けば軍全体の空気も変わる」
「……交渉の余地はあるか?」
「ある。だが、ロイゼルはただの説得では動かん」
ガルシウスは険しい表情を見せる。
「彼は確固たる証拠がなければ決して行動を起こさない男だ。つまりヴィクトールの動きが“軍を私物化しようとしている”という明確な証拠を見せることが必要になる」
店主は頷いた。
「証拠か……つまりヴィクトールの影での動きを暴くことが必要になるわけだな」
「そういうことだ。俺の名を使えばロイゼルに会うことはできる。だが、そこでただ“助けてくれ”と言っても相手にはされん。証拠を持っていけ」
「証拠はどこにある?」
ガルシウスは静かに笑った。
「ヴィクトールの側近であるベルハルト中佐が何かを握っているはずだ」
「ベルハルト?」
「ああ。ヴィクトールが軍の一部を私的に動かしているとすれば、それを実務レベルで仕切っているのはあいつだ。王城近くの駐屯地で彼が管理している書類の中に取引の記録や命令書があるはずだ」
「なるほど……つまりベルハルトの情報を掴めばロイゼルを動かせるかもしれないわけか」
ガルシウスは頷く。
「そうだ。お前たちが動く間に俺もかつての部下たちに声をかけてみる。ヴィクトールの影響を受けていない軍人たちがいるならそいつらを集める」
「助かる」
「俺も軍の腐敗にはうんざりしているからな」
ガルシウスは剣を肩に担ぎ、低く笑う。
「さて、軍の内部に切り込むならお前さんもそれなりの覚悟をしておけよ?」
「もちろんだ」
店主は深く頷いた。
ガルシウスの助言を得た店主はすぐに行動を開始した。
目指すは王城近くの駐屯地。そこにいるベルハルト中佐こそが軍を私物化するヴィクトールの動きを握る重要人物だった。
だが、問題はベルハルトが慎重な男であること。
ただ尋ねたところで簡単に情報を得られるわけではない。
そこで店主はカフェの常連客であり情報通でもあるジェフリーという男を訪ねた。
ジェフリーは商人たちの間で「なんでも屋」として知られており、裏社会の情報にも精通している。
「ベルハルト中佐の動きを探りたい? そりゃまた面倒な仕事を持ち込んできたな」
ジェフリーはニヤリと笑った。
「だが、お前さんたちのカフェには随分と世話になってる。いいだろう。協力してやるよ」
彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
「このリストに載ってるのがベルハルトが最近接触した連中だ。軍の内部で動いてる傭兵の名前も含まれてる。ここに手を突っ込めばヴィクトールが何を企んでいるかも見えてくるはずだぜ」
店主はリストを受け取り静かに頷いた。
「感謝する、ジェフリー」
「礼はいらねぇさ。ただし気をつけろよ? 軍の裏を探るってことは相応の危険がついてくる」
ジェフリーはそう言いながら煙草に火をつける。
「……どのみちここで引くわけにはいかない」
店主は決意を固め駐屯地へと向かった。
ガルシウスの協力、ロイゼル准将への接触、そしてベルハルト中佐の影を追う。
カフェの存続をかけた戦いは軍の内部にも広がりつつあった。
そしてその動きを知ることなく、ヴィクトールは自身の計画が着々と進んでいると信じていた——




