第七十三章:隠された狙い
ガルシウス・レイモンドは深いため息をつき、剣を地面に突き立てた。
彼の表情には長年の戦場を経験してきた者特有の厳しさが滲んでいた。
「貴様のカフェが標的にされた理由……それは単に“秩序を守るため”ではない。ヴィクトール侯爵はもっと別の意図を持っている」
ルシアスは腕を組み冷静に言葉を促す。
「詳しく聞かせろ」
ガルシウスはしばらく考え込むように視線を落とし、やがてゆっくりと口を開いた。
「ヴィクトールは王国の財政を牛耳るだけの貴族ではない。表向きは財務の管理者だが実際には王国の主要な交易路の支配を狙っている。そしてそれを実現するために……王都周辺の特定の土地を押さえようとしている」
「……まさか」
ルシアスは嫌な予感を覚えた。
「そうだ。貴様のカフェがある一帯も侯爵の計画にとって邪魔な存在だ」
「交易路の支配……?」
「王都周辺にはいくつかの大商人が経営する市場がある。王城からほど近い場所にある貴様のカフェも、商人たちの休憩所として利用されることが多いだろう」
ルシアスは思い返す。確かにカフェには商人たちが頻繁に訪れていた。
彼らは取引の合間にコーヒーを飲みながら情報を交換し、ビジネスの話を進めることも少なくなかった。
「ヴィクトールは商人たちの交流の場を潰し、自らの管理下にある場所で取引を独占しようとしているのだ」
「なるほど……俺たちのカフェが交易の拠点として機能しているのが気に食わないわけか」
ルシアスは鋭い視線でガルシウスを見つめた。
「だがそれだけではカフェを潰す理由としては弱い。もっと決定的な要素があるはずだ」
ガルシウスは頷き、低く言った。
「ある。……ヴィクトールは王国の“影の軍事組織”を動かし始めている」
「……何?」
ルシアスの表情が険しくなる。
「貴族社会は表の権力闘争だけでは成り立たない。裏で動く者たちがいる。ヴィクトールは自らの影響力を強めるために、王国の一部の軍人や傭兵を私的に雇い入れ独自の勢力を築いている」
「つまり、貴族の軍事力の強化か」
「そうだ。そして、その動きが加速する前に貴様のカフェのような“異分子”を排除しておく必要があったのだろう」
「異分子、か……」
ルシアスは舌打ちをした。
「勇者と魔王が共存するカフェが存在するだけで王国の秩序を乱すとでも言いたいのか」
「それだけではない。お前の店は多くの人々を惹きつける場になっている。
商人、軍人、学者、一般市民……あらゆる層の人間が集まり情報を交換する場になっている。
つまりお前の店は“情報の交差点”にもなっているんだ」
ルシアスは眉をひそめた。
「……それがヴィクトールの脅威になるというのか」
「可能性はある。お前が意図せずとも貴族たちは“反乱の温床”になり得ると警戒しているのだ」
ルシアスはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと立ち上がった。
「……面白い。ならば、俺がやるべきことは決まった」
ガルシウスは苦笑した。
「また厄介ごとに首を突っ込む気か?」
「これは俺自身の問題でもある。カフェの存続のために動くことがヴィクトールの計画を阻止することに繋がるなら、なおさらやる価値がある」
ルシアスの目には確固たる決意が宿っていた。
「侯爵と直接交渉する。それができなければ王国の中枢を揺さぶるしかない」
ガルシウスはルシアスを見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「よかろう。お前に協力しよう」
ルシアスは微かに口元を緩めた。
「頼む、ガルシウス」
翌日、ルシアスはガルシウスと共にヴィクトール侯爵の城へと向かった。
王都の貴族街の奥にそびえ立つ壮麗な城。
そこはただの財務官邸ではなく、まるで要塞のような堅牢な構造をしていた。
「……妙に厳重な警備だな」
門の前には屈強な兵士たちが立ち並び厳しい視線を向けている。
「王城よりも警備が厳しい……それだけ裏で何かを企んでいるということか」
ガルシウスが呟く。
ルシアスは無言で城門へと歩み寄ると門番の前で立ち止まった。
「俺はルシアス。ヴィクトール侯爵に話がある。通せ」
門番は驚いたように目を見開いた。
「貴様、元魔王……!? 何の用だ!」
「決まっている。このカフェの件について話をしに来た」
門番は一瞬逡巡した後、困惑した表情で後方にいた兵士に合図を送った。
しばらくして城門の上部にある窓が開き、一人の執事らしき男が顔を出した。
「侯爵は多忙につき貴様の相手をする暇などない。帰れ」
「……そうか」
ルシアスは静かに目を細めた。
「ならば、力ずくで会いに行くしかないな」
彼の手から淡い魔力が放たれた瞬間、周囲の空気が一変した。
門番たちの顔色が変わる。
「ま、待て! 貴族街で暴れれば王国軍が動くことになるぞ!」
「望むところだ」
ルシアスの目が冷たく光った。
「侯爵に伝えろ。“俺が直接会いに来たのだから無視するな”とな」
執事は一瞬言葉を失ったがすぐに背後へと消えていった。
「……さて、どう出る?」
ルシアスは腕を組みながら城門の前で静かに待った。
やがて数分後、再び窓が開かれる。
「侯爵が貴様に会うと言っている」
「そうか」
ルシアスは満足げに頷き、ガルシウスと共に城の中へと足を踏み入れた。




