第七十二章:王都での交渉
王都の空気はいつもと変わらず活気に満ちていた。
広場では行商人が声を張り上げ、貴族たちは優雅に馬車を走らせる。
──だが、ルシアスの目的はその華やかな表の世界ではない。
彼が向かうのは王城内にある行政機関、王国の命令書が発行された元を突き止めるための場所だった。
王城の入り口に到着すると、衛兵たちはすぐに彼の姿を認め身構えた。
元魔王が王都を歩いているだけで警戒されるのは予想通りだったが、それが好都合でもある。
「王国役所に用がある。通せ」
ルシアスは低く威圧感のある声で言い放つ。
「貴様……っ、何の用だ?」
衛兵の一人が問うがもう一人の衛兵が小声で囁く。
「……下手に刺激するな。魔王に王都で騒ぎを起こされたら面倒だ」
「くっ……わかった、案内する」
ルシアスは無言で頷き役所へと足を踏み入れた。
広大な書類が並ぶ王国の役所は忙しなく働く役人たちで溢れていた。
その中央に座る初老の男がルシアスを見て目を細める。
「元魔王殿が、ここに何のご用か?」
「単刀直入に聞く。カフェの営業停止命令を出したのは誰だ」
男は表情を変えず机の上の書類を指で弾いた。
「それは王国の決定事項だ」
「その王国の決定がどこから発せられたのかを聞いている」
「答える義務はない」
「……そうか」
ルシアスは目を細め一歩前に出る。
「俺のことを知っているな?」
「当然だ。王国を何度も窮地に追い込んだ張本人を忘れる者はいない」
「ならば、俺がここに来た意味も理解できるはずだ」
ルシアスは机の上に片手を置き静かに言った。
「このまま俺に背を向ければ、お前たちは面倒な事態に巻き込まれることになるぞ」
男は一瞬だけ息を呑んだ。
「……脅しのつもりか?」
「ただの事実の確認だ」
ルシアスは淡々とした口調で言い放つ。
「俺は王国に敵意はない。だが、もしこの件の背後に誰かの陰謀があるならばそれを暴くまでだ」
沈黙が落ちる。
やがて男は深いため息をついた。
「……仕方ないな」
机の引き出しから一枚の書類を取り出しルシアスの前に置いた。
「この命令書を正式に発行させたのは、王国評議会の一部の貴族たちだ」
「誰の指示か?」
「議会に影響力を持つヴィクトール侯爵だ」
ルシアスは目を細めた。
ヴィクトール侯爵──王国の財務を掌握する有力貴族の一人。
軍事よりも経済に関心を持ち、貴族社会の利権を守ることで知られる人物。
「……なるほど」
「侯爵は『王都周辺の不安定要素を取り除く』という名目でこの命令を出した。
どうやら、彼はお前たちのカフェが“王国の秩序を乱す可能性がある”と考えているようだ」
「秩序?」
「要するに元勇者と元魔王が同じ場所で共存していることが面白くないのだろう」
ルシアスは軽く舌打ちした。
「……くだらん理由だ」
「そう思うか? だが、貴族にとっては大きな問題だ。
お前たちの存在は“反乱の象徴”として利用される可能性があると考えている者もいる」
「俺たちがそんなつもりでいると?」
「実際には違うだろう。だが、貴族は“可能性”を恐れるものだ」
ルシアスは腕を組み考え込んだ。
ヴィクトール侯爵が主導しているなら、単に王国の政策として動いたわけではない。
彼にはこの命令を出すことで何かしらの利害関係があるはずだ。
「……侯爵に会う」
「彼に会うのは簡単ではないぞ」
「だからこそ、俺が行く」
男は苦笑しながら肩をすくめた。
「やれやれ……まあ、お前なら好きにするといい。
ただし、決して無茶はするなよ。王国も貴族社会も繊細なものだからな」
「わかっている」
ルシアスは書類を手に取り役所を後にした。
ガルシウス・レイモンドとの再会
王城を後にしたルシアスは次なる目的地へと向かった。
王都の外れにある古びた屋敷──そこにガルシウス・レイモンドは隠遁している。
門をくぐると庭で剣を振るう一人の男の姿があった。
年老いてはいるが鋭い眼光と無駄のない動き。
──王国最強の将軍と謳われた男、ガルシウス・レイモンド。
ルシアスが一歩踏み出すと彼は剣を止め、ゆっくりと振り返った。
「……ほう、てっきり貴様とは二度と会うことはないと思っていたがな」
「俺も同感だ、ガルシウス」
二人は互いにじっと見つめ合う。
「何の用だ?」
「頼みがある」
ルシアスは単刀直入に言った。
「俺たちのカフェが王国によって閉鎖されようとしている。
その件でお前の力を借りたい」
ガルシウスはルシアスの言葉を聞くと剣を収めた。
「貴様が助けを求めるとはな……随分と変わったものだ」
「俺もそう思う」
ガルシウスはしばらく黙考した後、静かに口を開いた。
「話を聞かせてもらおう」
ルシアスは頷き、カフェの現状と王国の命令について説明し始めた。
──そして、ヴィクトール侯爵が背後にいることを告げた瞬間、ガルシウスの表情が変わった。
「……そういうことか」
「知っているのか?」
「もちろんだ。ヴィクトールはこの国の財政を牛耳る男だが、同時に“この国を支配する意志”を持っている」
「どういうことだ?」
ガルシウスは静かに答えた。
「……貴様のカフェを潰そうとしているのは単なる“秩序のため”ではない。
奴には“別の狙い”がある」
ルシアスは目を細めた。
「詳しく聞かせてもらおう」
──事態は、さらに深まっていく。




