第七十一章:作戦会議
店内の空気はまるで張り詰めた弦のように緊張感を孕んでいた。
カウンターの奥でコーヒーを淹れていた店主も、さすがに今回は穏やかな微笑を浮かべる余裕はなかった。
「さて、どうする?」
ルシアスが静かに口を開いた。
その目は鋭く、何かを見据えている。
「三日以内に何かしらの手を打たなければ、このカフェは確実に閉鎖される」
セレスは不安そうに手を握りしめた。
「でも、王国の正式な命令なんでしょ? どうやって止めるの?」
「方法はいくつか考えられる」
ルシアスは指を一本立てた。
「第一に、命令の発信元を特定する。」
「発信元?」
「この手の命令は王国全体の方針として出されることはほぼない。
つまりどこかの貴族か軍部、もしくは役人の誰かが“この店を閉じろ”と動いたということだ」
「でも、そんなのどうやって突き止めるの?」
「命令書には王国の正式な紋章が押されていた。つまり、王国の公文書を管理する部署を経由している。
そこに問い合わせれば、誰がこの命令を出したのかを知る手がかりになるはずだ」
「なるほど……」
セレスは少し考え込みながら頷いた。
「でも、問い合わせるって……誰が行くの?」
「俺が行く」
ルシアスは即答した。
「魔王だった俺が直接王国の役人に会いに行く。それだけで相手は警戒するだろうし、何かしらの情報を引き出せる可能性が高い」
「でも、ルシアスが行ったら余計に警戒されない?」
「それが狙いだ」
ルシアスは不敵に微笑んだ。
「俺が直接出向くことで“この命令に従う気はない”と明確に伝えることができる。それだけでも相手にとっては厄介なはずだ」
セレスは少し不安そうにしたが、ルシアスの確信に満ちた表情を見て反論するのをやめた。
「確かに……」
セレスは渋々納得した。
「それで、次の方法は?」
ルシアスは二本目の指を立てた。
「第二に、この店が問題のある場所ではないことを証明する。」
「証明?」
「王国がここを閉鎖しようとする理由の一つに、ここが“危険な存在”である可能性がある。
つまり、元勇者と元魔王が共存する店が、反乱分子の拠点になるかもしれないと疑われている」
「そんなのありえない!」
セレスが憤る。
「だが、王国側がそう考えている可能性は否定できない」
ルシアスは冷静に言った。
「だからこそ、この店が“何の問題もない”ことを王国に認識させる必要がある」
「どうやって?」
「このカフェはただの店であり、どんな政治的な活動にも関与していないことを証明する。
そして、それを確実に王国に伝えられる立場の人物に証言してもらう」
「証言……?」
「例えば、王国の高位貴族や軍の重鎮などにこの店を利用してもらい、“この店は何の問題もない”と保証してもらう」
「そんな都合よく高位貴族と知り合いなんて……」
「……いる」
ルシアスは小さく呟いた。
「え?」
「俺のことを知っていて、なおかつ俺の話を聞く可能性のある者がいる」
「誰なの?」
「……王国軍の元将軍、ガルシウス・レイモンド」
セレスは驚いた。
「ガルシウス・レイモンドって……王国の英雄とまで言われた人じゃない!」
「そうだ。奴は俺と何度も戦い、俺の戦術を知り尽くしている。だが、俺のことをただの“敵”としてではなく、“戦士”として見ていた数少ない人間の一人だ」
「その人が協力してくれるの?」
「わからん。だが、俺が頼めば無視はしないだろう」
ルシアスは腕を組み、静かに考え込んだ。
「奴が“この店に問題はない”と言えば王国側も簡単には動けなくなる」
セレスはまだ不安そうだったが、ルシアスの表情を見て少し安心したようだった。
「他には?」
ルシアスは三本目の指を立てた。
「第三に、ここを閉鎖することが王国にとって不利益になることを証明する。」
「不利益?」
「王国にとって利益がある場所ならわざわざ潰す理由がなくなる。
例えばこのカフェが貴族や商人の交流の場になっていることを証明し、閉鎖すればその繋がりが途絶えることを王国に理解させる」
「でも、そんな大それたこと……」
「いや、すでに実績はある」
店主が静かに口を開いた。
「このカフェには商人や学者、軍関係者も訪れている。彼らに協力を頼めば影響力のある人間の証言が得られるかもしれない」
「つまり……王国にとって“閉鎖するより存続させたほうが得策だ”と納得させるってことね」
「そういうことだ」
ルシアスはゆっくりと立ち上がった。
「まずは俺が王国の役人に会い命令の発信元を突き止める。
同時にガルシウス・レイモンドに接触し、協力を求める」
「私たちは?」
「セレスと店主はこの店の常連客や影響力のある人々に話を通し、王国にとってこの店の存続が有益であることを示す準備をしておけ」
「……わかった!」
セレスは拳を握りしめ決意の表情を浮かべた。
「三日間で決着をつける」
ルシアスはそう言い残しカフェの扉を開けた。
──そして、彼は王国へと足を踏み出した。




