第七十章:王国からの通達
朝の静けさを破るようにカフェの扉が開いた。
ルシアスは店に入るなり店内に漂う異様な空気を感じ取った。
普段なら店主がコーヒーを淹れ、セレスが朝の準備を進めるいつもの光景があるはずだった。
だが、今日は違った。
カウンターの奥に座る店主の手には、一通の封書が握られていた。
その表情は珍しく険しい。
「……何があった?」
ルシアスが問いかけると店主は黙って封書を差し出した。
「今朝届いた」
ルシアスは受け取ると目を細めながら封を開けた。
──そこに記されていたのはこの国、グランヘイム王国からの正式な命令だった。
《王国の命によりこのカフェは即刻営業を停止し、三日以内に撤収すること。違反した場合は厳重な処罰を科す》
ルシアスの視線が文末に向かう。
そこには王国の象徴である紋章が鮮やかに刻まれていた。
「……これは、偽造ではないな」
静かな声でそう言った瞬間、セレスが驚いたように駆け寄る。
「えっ、ちょっと待って! 本当に王国からの命令なの!?」
「間違いない。王国の正式な紋章が押されている。偽造でこんな精巧なものを作れる者はいない」
「じゃあ、どうして……?」
セレスの表情が強張る。
店主はカウンターの奥で腕を組み重々しくため息をついた。
「王国がこんな小さなカフェを閉める理由があるのか……?」
ルシアスはしばらく手紙を眺めた後、ゆっくりと口を開いた。
「いくつかの可能性があるな」
「例えば?」
「ひとつは、ここに“問題がある”と判断された場合。
もうひとつは、ここを閉めることで“誰かが利益を得る”場合だ」
「問題? 何の問題もないじゃない!」
セレスが憤るが、ルシアスは冷静だった。
「表向きにはそうだが……俺やお前がいることが問題視された可能性もある」
「え……?」
セレスが言葉を詰まらせる。
「元勇者と元魔王が一つの店で働いている。それ自体が王国にとって不都合だったのかもしれん」
「そんな……でも、私たちは何もしてないのに!」
「“何もしていない”のではなく、“何かをしているように見える”のかもしれん」
ルシアスは静かに椅子に腰掛け、指先でテーブルをトントンと叩く。
「王国は今、内政が安定しているとは言えない。
そんな中で、かつて敵対していた二人が同じ場所で働いているのは、一部の貴族や軍人にとっては不気味に映るだろう」
「でも……ただのカフェなのに……」
「そう思うのはここにいる俺たちだけだ」
店主が静かに口を開いた。
「外から見れば、この店はただのカフェではないのかもしれない。
“何かの拠点になっている”と疑われている可能性もあるな」
「そんな……!」
セレスが肩を落とす。
「王国からの正式な命令である以上、従わなければならない」
「じゃあ、この店……本当に閉めるしかないの?」
セレスの声が震えた。
この場所がどれほど居心地が良く、どれほど自分にとって大切なものになっていたか──
それを思うと胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「……閉店の期限は三日、か」
ルシアスが静かに呟く。
「ならば、その間に動くしかない」
「……え?」
「この店を守るために俺たちができることはまだある」
ルシアスは手紙を軽く握りしめ、鋭い眼光を放った。
「どういうこと?」
「まず、この命令を誰が主導したのかを突き止める。そして必要ならば直接交渉する」
「交渉って……王国相手に?」
「相手が誰であろうと関係ない」
ルシアスは冷徹な微笑を浮かべた。
「このカフェを潰そうとするなら相応の覚悟を持ってもらう必要がある」
店主はルシアスを見つめ、ふっと笑った。
「やれやれ、静かに店をやっていきたかったんだがな……」
「……面倒ごとには事欠かないな」
ルシアスは肩をすくめながらカウンターの奥へと向かった。
「三日間で決着をつける」
そう言い残し、彼は静かに手紙をテーブルに置いた。




