第六十七章:クレーマー
カフェの昼下がり、穏やかな空気が流れる中でルシアスはカウンターの奥で新メニューのガトーショコラを作っていた。
そこへ、扉を乱暴に開けて入ってきたのは筋骨隆々の大柄な男と、その取り巻きらしき小柄な男、そして魔法使い風のローブをまとった男の三人組だった。
「おい、ここが話題の新メニューを出してるカフェか?」
男たちは横柄な態度で店内を見回し、客席に座ると乱暴に椅子を引いた。
「あいつらはたしか……」
彼らが最近このあたりでトラブルを起こして金品を要求している奴らだと店主は気付いていた。
「ガトーショコラを三つ持ってこい」
「お待ちください」
ルシアスは冷静に答え、いつものように静かに皿を準備した。
ふんわりと焼き上げたガトーショコラに粉砂糖をふりかけ、特製のクリームを添える。
「お待たせしました」
ルシアスは淡々とした口調でプレートをテーブルに置く。
男たちは無言でフォークを手に取りゆっくりと口に運んだ。
──完璧だ。
味には自信があった。だが──
「……なんだ、この味は?」
男はわざとらしく顔をしかめ、皿を乱暴にテーブルに置いた。
「大したことねぇな。こんなもんが話題になってるとか笑わせるぜ」
「そうだよなぁ。甘すぎるし、なんか口当たりも微妙だな」
「まぁ、せいぜい安物の味だな」
クスクスと笑い合う三人。
「……は?」
セレスの表情が一瞬で険しくなった。
「ちょっとアンタたち、それ本気で言ってんの?」
「おう、本気だぜ? 何か文句でもあるのか?」
「あるに決まってるでしょ! ルシアスが作ったものがそんなに酷いわけない! アンタたち最初から文句をつけるつもりだったんでしょ?」
「はぁ? なんだよお前、店のやつか?」
「そうよ! 私はカフェの見習い店員!」
セレスは腕を組み、キッと男たちを睨みつける。
だが、ルシアスはそれを止めるようにセレスの肩に手を置いた。
「黙っていろ、セレス」
低く、冷徹な声。
店内の空気が一瞬で張り詰める。
ルシアスはゆっくりとテーブルの前に立ち、男たちを見下ろした。
「俺の料理に不満があるということか?」
「そ、そうだが? 文句あるのか?」
取り巻きの二人が声を震わせながら言う。
──その瞬間、ルシアスの瞳が鋭く光った。
「ならば今すぐ理由を述べよ。なぜこの味が貴様らにとって不満なのか、その根拠を示せ」
男たちはぎょっとして固まった。
「いや……それは、その……」
「ただの言いがかりなら、俺の前で二度と口にするな」
声は静かだったが確実に心臓を締め付けるような威圧感があった。
──圧倒的な気配。
男たちは無意識のうちに背筋を伸ばし、冷や汗を流していた。
その時、店の奥から小さな声が聞こえてきた。
「……あれって、もしかして魔王だったルシアス様じゃないか?」
「えっ、ちょ、待って……あの人たち魔王に文句つけてたのか……?」
客席の会話が耳に入った瞬間、男たちは青ざめた。
「ま、魔王……!?」
「ちょっと待て、嘘だろ……!?」
「やばい、やばい、やばい!!」
ゴトン!
男たちは慌てて椅子を倒し、ポケットから財布を取り出すと、大量の金貨をテーブルに叩きつけた。
「ご、ごちそうさまでした!! あ、あの、大変美味しゅうございました!!」
「また来ます!! ぜひまた!! ありがとうございました!!!」
そう叫びながら、三人は転がるように店を飛び出していった。
店内は一瞬の静寂に包まれる。
「…………」
「……ぷっ」
セレスが耐えきれずに吹き出した。
「ちょ、ちょっと……なんなのよ、あの反応!」
「知るか」
ルシアスは肩をすくめながらテーブルの上の金貨を見つめた。
「……ずいぶんと気前のいいクレーマーだったな」
「いやいや、完全にビビってたでしょ!」
セレスは笑いながら言う。
ルシアスは小さくため息をついた。
「……これが俺の立場ということか」
「まぁ、元魔王様だしね」
「ふん」
ルシアスは金貨を手に取り店主へと渡した。
「店の売上にしろ。どうせ無駄に騒ぎを起こした分の償いだ」
「それはありがたいね」
店主は静かに微笑みながら金貨を受け取る。
そして軽くルシアスの肩を叩いた。
「ルシアス」
「なんだ」
「カフェってのはな、ただ料理を提供するだけじゃなくて、人の心を満たす場所なんだ」
ルシアスはしばらく黙った。
「……今回は明らかに問題を起こしにきたクレーマーだったが、人には好みもあるし体調によっても味覚が変わったりする。感情的になりすぎないようにな。」
店主はクレーマーが来たことが、むしろ食べる相手次第で料理の評価が変わることをルシアスに伝えられてよかったと思ったのだった。




