第六十四章:オムライス
スープの試食を終えた後もルシアスはしばらく考え込んでいた。
鍋の中で静かに揺れる“ルシアス特製トマトスープ”を見つめながらふと口を開く。
「……店主、次はもっと難しいものを作ってみたい」
「お、やる気になったか?」
店主はニヤリと笑いながら腕を組む。
「そうだな。だが料理は段階がある。いきなり難しいものに挑むと失敗するぞ」
「俺が失敗すると思うのか?」
ルシアスが自信ありげに言うと、セレスが吹き出した。
「いやいや、さっきのスープだって危なっかしかったでしょ」
「……初めてだったからな。次はもっと上手くやる」
「ほう? なら、次は”オムライス”に挑戦してみるか?」
店主が提案するとセレスが目を輝かせる。
「オムライス!? いいじゃない! 私、大好き!」
「……オムライス?」
ルシアスは聞き慣れない料理名に眉をひそめる。
「卵をふわふわに仕上げて、中にチキンライスを包む料理だ。シンプルに見えて意外と技術が必要なんだぞ」
店主が説明するとルシアスはしばらく考えた後、ゆっくりと頷いた。
「面白そうだ。やってみよう」
オムライスへの挑戦
「まずは、チキンライスを作るところからだ」
店主がカウンターの奥から食材を取り出しルシアスに手渡す。
「鶏肉、玉ねぎ、ピーマン、そしてご飯だ」
「ふむ……まずは切るところからか」
ルシアスは包丁を手に取り、真剣な顔でまな板に向かう。
「トマトの時よりはうまくいくだろう」
しかし──ゴトッ。
細かく切ろうとした玉ねぎが、つるりと滑ってまな板から転げ落ちる。
「……くっ、なんだこれは」
「玉ねぎはしっかり押さえないと滑るぞ」
店主が笑いながらフォローする。
「む……」
ルシアスは悔しそうに玉ねぎを拾い上げ、今度は慎重に包丁を入れる。
ザクッ、ザクッ……
「うん、いい感じになってきたじゃない」
セレスが興味津々で覗き込む。
「鶏肉も細かく切ったら次は炒めるぞ」
「分かった」
ルシアスはフライパンを手に取り火をつける。
ジュウゥゥ……
鶏肉と玉ねぎを炒める香ばしい音が響き、店内にいい匂いが広がる。
「お、ちゃんと火加減も調整してるじゃないか」
店主が感心したように頷く。
「ふん、感覚で分かる」
「感覚って……」
「火魔法を使う時の魔力コントロールと似たようなものだ」
セレスが呆れながらも微笑む。
やがて具材が炒まったところでルシアスはケチャップを加え、ライスを投入。
「こうか?」
「そうだ。全体に均等にケチャップが絡むように炒めるんだ」
ルシアスは慎重に木べらを動かしながらチキンライスを仕上げていく。
「さて、次はオムレツだ」
ここからが本番だ。
「卵を溶いて、フライパンに流し込む。ここからはスピードが重要だぞ」
店主のアドバイスにルシアスは卵をボウルに割り入れる。
「……卵の殻が入ったぞ」
「おいおい、そこからか?」
店主のツッコミにセレスが笑いをこらえていた。
「……問題ない」
ルシアスは黙々と殻を取り除き、卵をかき混ぜる。
「いよいよ焼くぞ。フライパンにバターを溶かして、次は卵を流し込む」
ジュワァ……
黄金色の卵液がフライパンの上でゆっくりと固まり始める。
「……ふむ」
ルシアスは真剣な顔でフライパンを揺らしながら卵の焼き加減を確かめる。
しかし──
「……くっ」
思った以上に卵が崩れやすく、形が整わない。
「焦るな。外側が固まってきたらフライパンを傾けて形を整えるんだ」
店主がフォローするがルシアスは歯を食いしばる。
「こんな繊細な作業が必要とは……!」
「だから言ったろ、簡単そうに見えて難しいんだって」
「このままでは……!」
ルシアスは慎重にヘラを使いながら形を整え、なんとかオムレツの形にまとめ上げる。
「よし、チキンライスの上に乗せろ!」
店主の声に従い、ルシアスはオムレツをチキンライスの上にのせる。
「最後に包丁で中央を開く……!」
緊張の一瞬。
ルシアスはゆっくりと包丁を入れ、オムレツの中央を開く。
ふわっ……
中から半熟の卵がとろりと広がり、チキンライスの上にふんわりと溶けていく。
「おぉぉぉ!! いい感じじゃない!!」
セレスが感激して拍手する。
「……どうやら成功したようだな」
ルシアスは満足げに頷いた。
「では、いただくか」
ルシアスが作ったオムライスを三人で分け合う。
セレスがスプーンで卵をすくい、口に運ぶ。
「……おいしい!!」
目を輝かせながらセレスは次々に食べ進める。
「卵がとろとろでチキンライスの味もいい感じ……! ルシアス、本当に料理の才能あるかも!」
「ふん、当然だ」
ルシアスは満足げに微笑む。
「お前、本当に料理にハマりそうだな」
店主が笑いながらカップを拭く。
「悪くないな」
ルシアスはぽつりと呟いた。
「料理とは……面白いものだな」
「ルシアス、次は何を作りたい?」
セレスが興味津々に尋ねる。
「……そうだな」
ルシアスはしばらく考え、ふと口を開く。
「デザートでも作ってみるか」
その瞬間、彼の視線が無意識にセレスへと向く。
ついさっきまで美味しそうにパンケーキを食べていた彼女の姿が思い出される。
──自分が作ったもので誰かが喜んでくれるのも悪くないかもしれない。
「えっ!? ルシアスが甘いもの!?」
セレスが驚きの声を上げる。
「……何か問題でも?」
「いや、なんか……すごく意外」
「……俺が作る以上、完璧なものになる」
カフェに新たな挑戦の気配が広がっていく──。




