第六十二章:新メニュー
カウンターの奥でグラスを拭きながらふと二人の様子を眺めた。
セレスはまだ慣れない手つきで皿を並べ、ルシアスは手早く棚の整理をしている。
──この二人も、変わったな。
このカフェで手伝いはじめる前の彼らを思い出す。
セレスは”勇者”としての生き方しか知らず、何をすればいいのか分からずに迷っていた。
ルシアスは”魔王”でなくなった自分を持て余していた。
だが、今は違う。
セレスは客の笑顔を見て喜ぶようになり、ルシアスはここでの生活に馴染み始めた。
どちらも自分なりの形でこの場所を受け入れようとしている。
──その変化は、きっと良いことなんだろう。
だがそれと同時に、ほんの少しだけ不安も感じていた。
セレスがルシアスに対してどこか意識するようになったのは明らかだった。
それは彼女が”勇者”という役割から解放され、“ただの一人の人間”として彼を見始めたからかもしれない。
ルシアスもまたセレスをただの戦場の敵としてではなく、共に時間を過ごす仲間として見ているのが分かる。
しかし、それがどこに行き着くのか俺には分からない。
彼らはまだ“本当の意味での自分の道”を見つけたわけではない。
ただ、今は”ここにいる理由”を探している途中なのだろう。
その道が交わるのか、それとも別の方向へ向かうのか──それはもう少し時間が必要だった。
変わりつつある二人のことを考えながら、そういえばこのカフェを開いてから長い間メニューをほとんど変えてこなかったことに気付いた。
「久しぶりに、新しいメニューでも試してみるか」
俺はふと思い立った。
俺は冷蔵庫を開けて食材を確認した。
考えた末、“特製フェアリーフォレスト・パンケーキ”を作ることに決めた。
妖精の森の恵みをふんだんに盛り込んだパンケーキだ。
生地にミントなどのハーブを練り込み、妖精が摘んだという発光する果実「ルーンベリー」を使ったソースと、妖精の森に住むエルフ秘伝のハチミツをかけてホイップクリームを添える。
「さて、どうなるかな」
盛り付けは完了した。
「おい、店主。その香りは何だ?」
ルシアスがカウンター越しにこちらを見てくる。
その隣でセレスも興味津々の顔をしている。
「試作品だよ。特製フェアリーフォレスト・パンケーキ」
「パンケーキ?」
セレスが目を輝かせる。
「珍しいな、お前が新メニューを作るなんて」
ルシアスも興味を引かれたようだ。
「たまにはいいだろう? ほら、二人とも食べてみろ」
俺は二人の前に皿を置いた。
セレスは嬉しそうにフォークを手に取り、ふわふわの生地を口に運ぶ。
「……!! おいしい!!」
彼女の目が輝く。
「ミントの風味がすごく優しい……しかも、ふわふわで……!このソースとハチミツも甘さと酸味がすごく合う!」
一方のルシアスは、じっくりと観察するように一口食べた。
「……なるほど。甘すぎず、香りがいい。これは悪くないな」
「お前がそう言うなら、上出来だな」
俺は軽く笑った。
「おかわり、いい?」
セレスが少し恥ずかしそうに尋ねる。
「もちろんだ」
俺はもう一皿分の生地を焼き始めた。
ルシアスとセレスは互いに顔を見合わせ、どこか微笑ましい空気が流れる。
このカフェの空気は少しずつ変わり始めている。
それが、どんな未来を生むのか──それは、まだ誰にも分からない。
「新メニューか。変わっていく俺とセシルに店主なりに気を使ったのかもな」
ルシアスがぽつりと呟く。
セレスはパンケーキを頬張りながら嬉しそうに微笑んだ。
俺はその様子を見ながら、静かにカップを拭き続けた。
変わることがどんな意味を持つのかはまだ分からないが、変わることは悪いことではないということは伝わった。




