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第六十章:積み重なる日常

カフェで働き始めてから数日が経った。

最初は皿洗いだけだったが、少しずつ他の仕事も任されるようになってきた。


「セレス、今日はドリンクの提供をやってみるか?」


店主がそう言いながら新しいメニュー表を手に私に差し出す。


「えっ、私が?」


「そうだ。客の目を見て注文を受け、適切に運ぶ。それだけだ」


簡単に言うけど、意外と難しそう……。


ちらりとルシアスを見ると彼はすでにカウンターの奥で豆を挽いている。

相変わらずの無駄のない動き。

それに比べて私は……不安しかない。


「やってみるか?」


ルシアスがこちらを見もせずに言う。


「うっ……うん、やる」


勇者がこれくらいで怯んでどうする!


そう自分を奮い立たせ、私はメモとペンを握った。


初めての注文取り


「いらっしゃいませ!」


私は元気よく声を出してみる。


客は初老の男性とその孫らしき少女だった。


「コーヒーと、ジュースをお願いできますか?」


「はい、コーヒーと……ジュースですね」


「うん」


思ったより緊張しなかった。

でも、席を離れると急に心臓がバクバクし始めた。


「こ、コーヒーとジュース!」


勢いよく注文を伝えるとルシアスが眉をひそめた。


「落ち着け」


「えっ……?」


「急いで伝えたところで結果は変わらん。冷静に言え」


「う、うん……」


深呼吸して、ゆっくり言い直す。


「コーヒーとジュース、お願いします」


「よし」


ルシアスはそれだけ言うとすぐに準備を始めた。

私が慣れない様子を見せても彼は決して笑わないし、からかわない。

むしろ自然にフォローしてくれる。


ちょっと意外。


運ぶ瞬間のプレッシャー


「はい、できたぞ」


カウンター越しにルシアスが飲み物を差し出してくる。


「うん、ありがとう!」


……と、思ったその瞬間、ルシアスの手が私の手に軽く触れた。


「っ……!」


私は一瞬、びくっとしてしまう。


なんでもないはずなのになぜか妙に意識してしまった。


「どうした?」


「な、なんでもない!」


慌ててトレーを持ち、客席へ向かう。


ジュースとコーヒーをそっとテーブルに置きながら相手の表情を伺う。


「ありがとう」


小さな女の子がにこっと笑った。


「……!」


私は驚いた。


たったこれだけのことなのに、なんだか心があたたかくなる。


カフェの仕事ってこういうことなんだ。


「また来ようね、おじいちゃん」


「そうだな」


そんなやりとりを聞きながら私はふと店主の言葉を思い出した。


「お前は今、何かを探しているんだろ?」


うん、たぶん。

私はまだ探している途中だけど、少しずつ何かを掴みかけている気がする。


「セレス、初めての注文取りお疲れ」


店主が私にコーヒーを出してくれた。


「ありがと……」


私はカップを両手で包むように持つ。


「どうだった?」


「最初は緊張したけど……お客さんが喜んでくれると嬉しいかも」


店主は優しく微笑んだ。


「それが、カフェの仕事のいいところだよ」


「……そっか」


夜になり店の片付けをしているとルシアスが不意に口を開いた。


「お前、思ったより楽しんでたな」


「えっ?」


「最初は嫌がっていたが、結局は笑ってた」


「……そう、かな」


「そうだ」


ルシアスは静かに言う。


「戦場では得られなかったことだろう?」


「……うん」


カフェには戦いとは違う何かがある。

それを私はまだちゃんと理解できていないけど確かに感じている。


「セレス、お前はどうしたい?」


ルシアスが真剣な目で私を見る。


「私は……」


言葉に詰まる。


でも、きっと。


「もう少し、ここにいてもいいかなって思ってる」


それだけは確かに言えた。


ルシアスはほんのわずかに微笑んだように見えた。


私はもう少しだけ、この場所で”私”を探してみようと思う。

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