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第五十九章:こうやるんだ

「……こうやって立ってみると、やっぱり違うな」


カウンターの奥、店主やルシアスがいつもいる場所に立つと見える景色が違って見えた。

客席の方から見ていた時はなんとなく居心地が良さそうだなと思っていたけど、実際に立ってみると視線が交差し、動きが入り乱れ、落ち着く暇なんてない。


「ふむ……やはり慣れていないな」


ルシアスが横目で私を見て口元にわずかな笑みを浮かべる。


「当然でしょ! まだ始めたばかりなんだから」


「そういうものか?」


「そういうものよ!」


私がむっとした顔をすると店主が小さく笑った。


「じゃあ、セレス。まずは簡単なことからやってみるか?」


「う……うん」


こうして私は、カフェの”見習い”として小さな一歩を踏み出した。


「えっと、これをこうやって……」


私はシンクに積まれた皿を手に取り、水で流してからスポンジでこする。

それから泡を流して、ふきんで拭いて……。


「……意外と大変」


簡単だと思っていたけど意識しないとすぐに泡が残ったり、水滴が拭き切れなかったりする。


「おい、セレス。洗い残しがあるぞ」


「えっ? どこ……」


私が皿を見つめていると不意に後ろから手が伸びてきた。


「ここだ」


ルシアスが私の手の上からスポンジを握り、泡の残った部分をさっとこすった。

そのまま水で流し綺麗になった皿をすっと差し出す。


「こうやるんだ」


「……っ!」


近い。


気づけばルシアスの顔がすぐそばにあった。


「な、ななな、何よ!? 私だってできるわよ!」


私は勢いよくスポンジを取り上げ皿をこすり始めた。


「……ふむ、まぁ頑張れ」


ルシアスは少し意地悪そうな笑みを浮かべカウンターに戻っていった。


私は心臓の音がうるさくならないように深呼吸する。


──落ち着け、私。これはただの仕事の一環。何も特別なことじゃない。


そう自分に言い聞かせながら私は皿洗いに集中しようとした。


「お疲れ。皿洗い、結構大変だっただろ?」


店主が私のためにコーヒーを淹れてくれた。


「うん……思ったよりも、ずっと」


「カフェの仕事は細かいことが多い。ルシアスがすぐに慣れたのは、たぶん昔の戦場で培った観察力のおかげだろうな」


「……たしかにあの人ってそういうの得意そう」


「でも、セレスもすぐに慣れるさ」


店主はそう言って私のカップにミルクを一滴落とした。


「私は慣れる必要あるのかな?」


思わず呟くと店主は少しだけ驚いた顔をした。


「ここで働くつもりはないってことか?」


「いや……そういうわけじゃないんだけど……」


うまく言葉にできない。


私は勇者だった。

戦うために生きてきた。

だけど、今はカフェで皿を洗っている。


私はこれからどうすればいいんだろう?


「セレス」


店主が静かに私の名前を呼ぶ。


「答えを急がなくていい。お前は今、何かを探しているんだろ?」


「……そう、かも」


「ならそれでいい。ここでゆっくり考えればいいんだ」


私はコーヒーの温かさを感じながら小さく頷いた。


「なにを考えてる?」


ふと顔を上げるとルシアスがカウンター越しに私を見ていた。


「別に……ちょっと、考え事」


「……そうか」


ルシアスはそれ以上何も言わなかった。


でも、その瞳はどこか優しくなった気がした。


私はまた少しだけ、彼らとの距離が近づいたような気がした。


「私は、ここにいていいのかな?」


「……それはセレスが決めることだ」


ルシアスの言葉が胸に静かに響いた。

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