表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
60/129

第五十八章:変わる距離間

「おはよう、セレス」


店の奥から戻ると、店主がもう一度自然に声をかけてくる。


「……お、おはよう」


私は何気なく返事をするけれど、ほんの一瞬だけ心臓が跳ねた。


昨日までは何とも思わなかったのに、今朝は違う。

名前を呼ばれることが、こんなにも意識してしまうことだったなんて。


──落ち着け、私!


なんでもないふりをしてカウンターに向かう。


すると、ルシアスがコーヒーを淹れながら、ちらりとこちらを見た。


「珍しいな、お前が朝からここにいるとは」


「べ、別に珍しくないわよ!」


つい、声が裏返る。


ルシアスは眉を少し上げてから、すぐに口角をわずかに上げる。


「そうか。なら、今日もゆっくりしていけ」


そんな風に気軽に言われると、なんだか居心地が悪い。

昨日までは普通だったのに、今は違う。


だって、今までただの”魔王”だと思っていたルシアスが、今はカフェの見習いとして働いている。

なんでもそつなくこなすのに、時々妙に不器用で、客と話す時にはどこかぎこちなさが残っている。

それなのに、私には随分と自然に話しかけてくるようになった。


「セレス、ちょっと」


カウンターの向こうからルシアスが手招きする。


「な、何?」


「コーヒーの香りを比べてみろ。こっちと、こっち。どっちが強い?」


私は何気なくカウンターに寄り、目の前に置かれた二つのカップを覗き込む。


すぅっ、と息を吸い込んでみる。


「あー、こっちのほうが濃い……かも?」


「だろうな。豆の挽き方を変えたんだ」


ルシアスが少し満足げに頷く。


でも、私はそんなことより、別のことが気になっていた。


──近い。


ルシアスの顔が、すぐ近くにある。


カウンター越しだからそんなに意識しなくてもいいはずなのに、何故か妙に気になる。

彼の銀色の髪、鋭くもどこか落ち着いた瞳。

魔王として戦っていた頃は、ただの恐ろしい敵だったのに……。


「……どうした?」


「べ、別に……。」


私は慌てて顔を背ける。


ルシアスは不思議そうに私を見つめたあと、何も言わずにまた作業に戻った。


おかしい。私、なんでこんなに動揺してるの?


「セレス、今日もここで過ごすのか?」


今度は店主が私に声をかけてくる。


「え? うん、まぁ……」


「それなら、試しにカウンターの中に入ってみるか?」


「えっ?」


店主の突然の提案に、私は思わず固まる。


「ルシアスが働いてるのを見てたんだろ? ちょっと体験してみるのも悪くない」


「え、えーっと……」


ルシアスがちらっと私を見て、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「初心者には皿洗いからだな」


「ちょ、ちょっと!? 私はまだ働くなんて──」


「なら、座ってるだけか?」


ルシアスの何気ない一言に、私は言葉を詰まらせる。


座っているだけ──今の私は、本当にそれでいいの?


私は、何かを探しているはずなのに。


「……分かった、ちょっとだけ、ね」


私は意を決して立ち上がり、エプロンを手に取った。


すると、店主が微笑む。


「似合ってるぞ、セレス」


「っ!!!」


私は顔を真っ赤にしながら、慌ててカウンターの奥へと入った。


「お前、随分と素直になったな」


ルシアスの何気ない言葉に、私はまた真っ赤になった。


「い、今だけだから!!」


店主は微笑みながら、静かに呟く。


「セレスが変わっていくのは、見てて面白いな」


──恥ずかしくて逃げ出したい……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ