第百十七章:カイゼルとレイヴン
闇に包まれた廃城の中、カイゼルは血の気の引いた顔で後ずさっていた。
彼の周囲にはルシアス、レイヴン、エヴァン、王宮の近衛兵たちが取り囲んでいる。
もはや逃げ場はない。
「……ハッ。」
カイゼルは自嘲気味に笑った。
「俺を捕らえようとしているのか?お前たちは何も知らないようだな……王ご貴様らを本当に信頼しているとでも?」
カイゼルは懐から一枚の書状を取り出した。
「なんだそれは……?」
レイヴンが目を細める。
「ヴァルムトとグランヘイム王国の“極秘条約”の草案だ。ヴァルムトが正式に王家を支援し、代わりに経済を管理するという取り決めが進行していた。王は貴様らカフェ・アルカディアが強くなりすぎることを恐れ、ヴァルムトの力を借りようとしていたのだ。」
カイゼルは勝ち誇ったように笑う。
「貴様らは結局のところ王の“捨て駒”ということだ。俺をここで殺したところで、いずれ王はお前たちを切り捨てることになるだろう。」
「なるほど……。」
ルシアスは腕を組み鼻で笑った。
「貴様は“俺たちが王に利用されていた”と言いたいのか?しかしな、カイゼル。」
ルシアスの目が冷たく光る。
「お前は王が俺たちに何を命じたかを知らないんだな?お前の条約など王がヴァルムトを欺くための偽情報にすぎない。」
「そんな馬鹿な……!」
カイゼルの目が恐怖に染まる。
「カイゼル。」
低く、しかし鋭い声が響いた。
カイゼルが視線を向けると、そこには静かに刀を構えるレイヴンの姿があった。
「貴様……!」
「覚えているか? 俺を見捨てた日のことを。」
「くっ……!」
カイゼルは咄嗟に後ずさる。
「お前のためにすべてを捧げた俺を貴様は道具のように捨てた。」
レイヴンはゆっくりと歩み寄る。
***
カイゼルにとってレイヴンは有能な駒であり忠実な部下だった。
レイヴンは幼い頃から影の世界で生き、剣と暗殺術に秀でた逸材だった。感情を押し殺し冷徹に任務を遂行できる彼はカイゼルにとって非常に扱いやすい人材だった。
ただ、カイゼルにとってレイヴンは優秀な手駒ではあったが、決して“同志”として思ったことはなかった。むしろ徹底的に利用し尽くした後に捨てることを前提とした存在だった。
捨てたはずの駒に自らが追い込まれる日がくるとも知らず……
***
「俺は貴様の命令に従い何度も手を血で汚した。どれだけ犠牲を払っても、どれだけ努力しても、結局のところ俺はただの駒だった。」
「違う……!」
カイゼルは必死に否定しようとする。
「ならばなぜ俺を見捨てた?」
レイヴンの声には怒りと悲しみが混ざっていた。
「俺を切り捨て利用するだけ利用して捨てたくせに……よくもそんな言葉を吐けたものだな。」
「俺は……俺は……!」
カイゼルの瞳が揺れる。
「見苦しいな。」
レイヴンは刀をゆっくりとカイゼルの喉元に突きつけた。
「待て……!」
カイゼルは後ずさる。
レイヴンの目が鋭く光る。
「お前を生かしておけばヴァルムトは今後もこの国を支配しようと動くだろう。だったらここで終わらせるのが最善策だ。」
「待っ……!!」
カイゼルの叫びが響いた瞬間——
レイヴンの刀がカイゼルの胸を貫いた。
「ぐ……ぁ……!」
血がカイゼルの口から溢れる。
「俺を捨てたことを……後悔しながら死ね。」
レイヴンは冷たく言い放ち、刀を引き抜いた。
カイゼルの体が地面に崩れ落ちる。
彼の目は恐怖と絶望に染まったまま二度と動くことはなかった。
「……満足したか?」
ルシアスが低く呟く。
「あぁ。これで俺も先に進める。」
レイヴンは静かに刀を拭いながら言った。
「さて——皆が待っているカフェ・アルカディアに戻るぞ。」
ルシアスがそう告げた時、レイヴンは決意に満ちた目で夜空を見上げていた。




