第百十六章:蛙
闇に包まれた王都の郊外。
かつて要塞として使われていた廃城に一人の男が姿を現した。
黒いマントを羽織り鋭い目つきで辺りを警戒しながら歩く。
「……久しぶりだな。」
その声が響いた瞬間、影の中からゆっくりと現れたのは——カイゼルだった。
「フッ……貴様がここに来るとはな。」
ルシアスは壁にもたれかかりながら不敵な笑みを浮かべる。
「俺がこの国を手に入れようとしていることを聞いたんだろ?」
「貴様が本当にその気ならば、協力しよう。」
カイゼルは冷静に言い放った。
「貴様が王になれば俺たちはお互いに利益を得られる。」
「ほう?」
ルシアスは興味深そうに答えた。
「この国を腐敗した王政から解放して新たな秩序を築く。そのためには今の王を消して貴様が王座に就くのが最善の道だ。貴様が王となれば俺たちヴァルムトはこの国を侵略する必要がなくなる。」
「お前たちはこの俺を“傀儡”にでもするつもりか?」
ルシアスの目が冷たく光る。
「表向きは貴様が王でありすべての権力を持つ。実際にこの国を動かすのはヴァルムトの貴族たちだがな。」
カイゼルは淡々と続ける。
「貴様の“新政権”には我々が用意する政治顧問団が組み込むんだ。その顧問団はヴァルムトから送り込まれ、王国の法律、貴族制度、軍事、財政を監視・管理する。そうすれば面倒な政治に関与しなくても支配できるじゃないか。」
「なるほどな。ただそれでは俺は王でありながら何も決定できないわけか?」
ルシアスは鋭い目線でカイゼルを睨む。
「そんなことはない。」
カイゼルはにやりと笑う。
「貴様が王になれば貴様自身も権力を手にする。ただし、ヴァルムトに逆らわない限りはだがな。それに貴様にとっても利点はあるはずだ。」
「面倒だ。わかりやすく言え。」
「貴様が王になれば誰も逆らう者はいない。魔王としてではなく“正当な王”になるんだ。支配者になりたいのだろう?」
「……なるほど。」
ルシアスは笑った。
「俺が王になればお前たちは手を汚す必要もなくなるというわけか。」
「その通りだ。」
カイゼルはゆっくりと近づき声を低めた。
「貴様が王になった直後、ヴァルムトの商会が王都の経済を完全に掌握し、貴族たちは我々の資金援助を受けることで影響下に置かれる。軍もヴァルムトから供給される武器と資金に頼ることになり結果的に制御される。」
「王国は表向き独立した国家のままだが、実質的にはヴァルムトの属国となるわけだ。それがお前たちの計画か。」
ルシアスの口元が冷たく歪む。
「……しかし俺の計画はそれだけではない。」
「何?」
カイゼルは緊張したように聞き返した。
「俺が王になるとしても、王の血を引く正統な後継者が生きていたら問題になる。」
ルシアスはカイゼルの目を見つめながら言った。
「まさかそこまで知っているのか。もうその手は打ってあるのか?」
カイゼルは驚きながらも態度を崩さないように不敵に笑った。
「貴様の察しの通りだ。グランヘイム王国には“レオナ・フォン・グランヘイム”という隠された後継者がいる。レオナは王の庶子として秘密裏に育てられたが、今こそその血統を利用する時だ。」
ルシアスは淡々と答えた。
「つまり貴様が王になった後、レオナを“正統な後継者”として婚姻によって支配する計画か?」
カイゼルの言葉に普通の人には気付かれない程度の動揺だが、ルシアスにはカイゼルの焦りが手に取るように感じられた。
「その通り。俺が王となりレオナを王妃として迎えれば王国の正統性は維持される。王都の貴族たちも異を唱えることはできなくなる。」
ルシアスは楽しそうに語った。
「ならば貴様が王になった直後、ヴァルムトの使者たちが“友好条約”と称して政治顧問として送り込もう。そうすればヴァルムトの力でこの国を安易に納められるだろう。」
ルシアスは軽くため息をついた。
「なるほど……やはりつまらない筋書きだ。お前は機転が効かないようだな。この程度でカフェ・アルカディアに火の粉をかけようとは笑わせる。」
「それはこの私を馬鹿にしてるのか……?」
カイゼルの目が鋭く光る。
その時——
「聞いていて虫唾が走るな。」
低く、しかし感情のこもった声が響いた。
カイゼルの目が僅かに揺れる。
「……貴様……!」
レイヴンが静かに立ち上がった。
「俺を見捨てた貴様がこの国を影で支配しようとしているとはな。貴様のために動いた俺を切り捨てたくせに……」
レイヴンの瞳は憎悪に満ちていた。
「カイゼル、俺は貴様を追い詰めるためにここまで来た。」
「……!!」
カイゼルの顔が険しくなる。
「お前が俺にしたことを、そっくりそのまま返してやるよ。俺を見捨てたことを、心の底から後悔させてやる。」
「貴様……!」
カイゼルの表情にわずかな焦りが浮かぶ。
「さて、どうする?お前の計画はすべて俺たちに筒抜けだ。作り話にまんまと乗せられてのこのこやってくるとは。相当焦ってきたんだろ?お前の話はめちゃくちゃだ。」
ルシアスはあまりに愚かな相手に呆れながら言った。
「ヴァルムトが裏で掌握するメリットなんて、仮にルシアスがこの国を手中にするにしてもまったくなくだらない話だ。」
レイヴンがカイザルを嘲笑う。
「俺がお前の話に乗ると思ったのか?うちのミリアでももう少しまともな筋書きを考えそうなものを。警戒して色々考えたのが馬鹿らしくなるくらいの頭だな。たしかこう言うのを人間たちのことわざだと“井の中の……”」
カイゼルの目が大きく見開かれる。
「貴様……最初から俺を罠に……?」
「さて、どうだったかな?カイゼル。お前がこの程度だと知らなかったから拍子抜けだ。」
ルシアスは軽く指を鳴らした。
次の瞬間——
王宮の近衛兵が一斉に廃城へと突入した。
「……っ!!」
カイゼルは驚愕の表情を浮かべる。
「貴様ら……俺を……!」
「カイゼル、お前の計画はここで終わりだ。」
レイヴンは静かに刀を抜いた。
「今度は、俺がお前を見捨てる番だ。」
こうして、カイゼルの計画は終焉を迎えようとしていた——。
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