第百二章:誘い込む
カフェ・アルカディアの夜はいつも通り賑やかだったが、店主と仲間たちは明日に向けた準備を進めていた。
「ライナー・グレイブが明日ここに来るわ。」
ミリアは不安げに言った。
「それもルシアスが直々に招待したとなれば、興味を持たない商人はいないはずよ。」
「まあな。」
ルシアスは椅子に座りながらワインを傾けた。
「元魔王が『王都の商売に興味を持った』なんて話になれば、どんな商人だって気にするさ。」
「でも、それが逆に警戒心を強めることにならないか?」
セレスが慎重に問いかける。
「問題ないさ。」
エヴァンが冷静に言った。
「ルシアスの立場を考えれば商業の発展に興味を持つのは当然のこと。それにカフェ・アルカディアはすでに商談の場として注目されている。この流れはごく自然なものだ。」
「実際、ルシアスがこの店を“商人たちの新たな拠点”にしようとしているとでも思えば、ライナーは興味を持たざるを得ないわね。」
ミリアが小さく頷く。
「それにライナーの商会が急成長していることを考えれば、むしろ彼のほうがこちらに探りを入れたがる可能性もある。」
エヴァンは淡々と続けた。
「なるほどな。」
ルシアスは満足げに微笑んだ。
「俺が気まぐれで招いた商人が逆に自分の立場を探られることを恐れる……面白い構図だ。」
「じゃあ、どう話を進める?」
店主が話を戻す。
「まずはライナーに安心させることね。」
セレスが言った。
「元魔王のルシアスが単に“商業の話”として会話を持ちかけたのだと認識させる。警戒させないためにも最初は軽い話題から入るべきよ。」
「その間に俺が情報を引き出す。」
エヴァンが冷静に続けた。
「取引の内容、資金の流れ、背後にいる協力者……契約に関する何かが聞き出せればそれだけで十分な手がかりになる。」
「ただし、彼が本当に何かを隠しているならすぐには話さないだろう。」
店主は慎重に言った。
「だろうな。」
ルシアスは微かに笑った。
「だからこそ俺たちには“仕掛け”が必要なんだよ。」
エリオットが厨房から出てきて言った。
「仕掛け?」
ミリアが聞き返す。
「そうさ。俺の料理を食べてもらうんだ。」
エリオットは琥珀色の瞳を細める。
「運命を左右するかもしれない料理……それが彼の態度にどう影響するか見てみようじゃないか。」
「……確かに。」
エヴァンが腕を組む。
「ライナーが本当に『不可解な契約』の影響を受けているなら、エリの料理を口にしたときに無意識に反応を見せる可能性がある。」
「それに、ただの商談の場だと思わせるには食事を交えたほうが自然だしな。」
ルシアスが笑う。
「問題は……何を作るか、か。」
店主は考え込んだ。
「そうだな……」
エリオットは少し考え、にやりと笑った。
「“決断の一皿”とでも名付けようか。」
「決断の一皿?」
セレスが眉をひそめる。
「食べた者の中にある“迷い”を浮き彫りにする料理さ。」
エリオットは楽しげに言った。
「俺の料理を食べた人間は運命に導かれるように“本心”が現れることがあるんだろ?ライナーがもし何かを隠しているならそれが明らかになるかもしれない。」
「つまり、ライナーが“契約を結んでいない”のなら動揺しないはず。でも、“契約を結んでいてそれが危険なものだった”なら——」
ミリアが続ける。
「何かしらの反応を示すはず。」
エヴァンが頷いた。
「なるほどな。」
ルシアスが楽しそうに笑った。
「これは面白いことになりそうだ。」
「だが……」
店主は慎重に言った。
「万が一、ライナーが俺たちに敵意を抱いたらどうする?」
その問いに全員が一瞬沈黙する。
「……それなら、それまでのことだ。」
ルシアスはワインを飲み干しながら言った。どうとでもなると言わんばかりの口調だった。
「相手が敵か味方か、遅かれ早かれ分かることだろう。」
「とはいえ慎重に進める必要があるわ。」
セレスが言った。
「明日は単なる食事の席を装いながらも、決して相手に悟られないように自然に話を進めましょう。」
「了解。」
ミリアが頷く。
「俺も準備しておく。」
エリオットが厨房へ戻る。
「じゃあ、明日に備えて休むとするか。」
店主が締めくくる。




