第百一章:異変
カフェ・アルカディアが賑わいを見せる中、店主はカウンター越しに店内の様子を眺めていた。
ルシアスは仕事中なのに上機嫌にワインを傾け、エヴァンは帳簿を片手に静かに情報を整理している。
エリオットは厨房で気ままに料理を作りながら鼻歌を口ずさんでいた。
店主は昨夜の夢のことを気にしながらも、仕事に集中することで違和感を振り払おうとしていた。
ミリアもまたホールを忙しく駆け回りながら客の対応をこなしていたが、時折ちらちらと時計を気にしている様子だった。
「ミリア、お前さっきから落ち着かないな。」
店主が声をかけるとミリアは少し驚いたように振り向いた。
「あ……店主、ごめんなさい。でも……ちょっと気になることがあって。」
「何かあったのか?」
ミリアは一瞬ためらったが、やがて小さくため息をついてから話し始めた。
「昨日から父の様子が変なの。いつもなら商談が終わればすぐに帰るのに、昨夜は遅くまで誰かと話し込んでいたみたいで……。」
「お前の父親は王都でも有名な商会の主人だよな?」
ルシアスが興味深そうに会話に加わる。
「ええ、私の父は『ローゼン商会』の当主、カシム・ローゼンよ。王都の交易を支える商人の一人だけど……最近、妙に落ち着かないのよ。」
「ローゼン商会ほどの大商人が落ち着かないとなると、何か大きな問題が起きているのかもしれないな。」
エヴァンが帳簿を閉じながら呟いた。
「ええ……実は今朝父と話したとき、『何も気にするな』って言われたの。でも、商売の話をするときにそんな言葉を使う人じゃないのよ。」
ミリアは真剣な表情を浮かべる。
「しかも父だけじゃなくて、王都の商人たちの間である“噂”が広まってるの。」
「噂?」
店主が眉をひそめる。
「最近、王都の一部の商人たちが不可解な契約を結ばされているって話……。」
「不可解な契約?」
エヴァンの表情が鋭くなる。
「ええ。詳細はわからないけど、普通ならありえないほど有利な条件を提示されて契約を結んだ商人がいるらしいの。でもその後、何かおかしなことが起こっているみたい。」
「例えば?」
ルシアスが問いかける。
「契約を結んだ商人の店が妙な偶然で急成長したり、逆に突然問題を抱えて潰れたり……。」
「……なるほどな。」
ルシアスはワインを傾けながら目を細めた。
「とにかく普通じゃ考えられないようなことが続いているの。」
「ミリアの父は契約を結んでないの?」
セレスが気遣うように尋ねる。
「それが……まだ結んでいないみたいなの。でも昨夜、ある商人と会っていたわ。」
「誰だ?」
店主が聞く。
「ライナー・グレイブという商人よ。彼は中堅の商家の主人で父とも何度か取引をしている人。穏やかな人柄で誠実な商売をしているはずなのに、最近急に店の売上が伸びて王都の中で勢力を拡大してるの。」
「……急に売上が伸びた、ね。」
エヴァンが低く呟く。
「つまり、ライナー・グレイブがその『不可解な契約』を結んだ可能性があるってことか。」
ルシアスが推測する。
「父はライナーに何かを聞いていたみたいだけど詳しくは話してくれなかったの。でも、父の商会もこれからの取引で影響を受ける可能性があるわ。」
「ローゼン商会まで影響を受けるならこれはかなり大規模な動きになっているな。」
エヴァンは鋭い目で言った。
「問題はその『契約』の裏に誰がいるのか……だな。」
ルシアスがグラスを置きながら呟く。
店主は腕を組んでしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「よし……まずはライナー・グレイブに話を聞くことだな。」
「でも、どうやって?」
ミリアが不安そうに尋ねる。
「カフェ・アルカディアで招待すればいい。」
エヴァンが答える。
「ここは王都の商人たちが頻繁に訪れる場所だし何かを探るにはちょうどいい。偶然を装ってライナーと接触しよう。」
「もし相手が裏に何か隠しているならすぐに警戒されるんじゃない?」
セレスが慎重に言った。
「そこはルシアスの出番だな。」
店主がルシアスを見やる。
「俺か?」
ルシアスがニヤリと笑う。
「元魔王に招待されたとなれば興味を持たない商人はいないはずだ。」
「フッ……なるほど。まあ面白そうだしやってやるか。」
ルシアスは面白がるように笑った。
「じゃあ、決まりね。」
ミリアが意を決したように言う。
「ライナーが何を知っているのか、確かめましょう。」




