因果因縁 17 誰の為の涙
学長室が落ち着いた頃には、夕方になってしまっていた。
学長は職務怠慢、生徒を信じられない事から学長として不適格と判断し、ミハエルが首を宣告し、項垂れて荷物も持たずに、家へと帰った。
残った警備員が、ミシェールに、何故二人の横暴を証言すると信じられたのかと問えば、
『エスコートして下さろうとして下さったので、正しい目で見て下さると、判断しました』
とミシェールが答え、警備員を満足させた。
彼は、皇帝がミハエルに許可状を出してから、寮の近くから様子を伺っていた。
ミシェールの学校生活に対して不安があると、ミハエルが皇帝に漏らし、何かあった時は関係者を好きに対処出来るようにと、許可状が出された時に、その監視の為に、派遣されたのだ。
許可状の悪用を防ぐ事が第一だったので、ミシェールへの悪意ある噂があっても、ミハエルへ報告する事はなく、ミハエルが面会に通っていても、許可状を悪用する気配がなかったので、外から様子を見守っていた。
学校内の不正を探る任務なら、学校の中で監視していたが、今回の任務は、あくまでミハエルの監視なので、それをしなかったのだ。
ミシェールが原因で何か騒ぎがあったと知り、ミハエルが駆けつけるだろうと予想していた所、学校側が警備員を探していると知り、紛れ込んだ。
少しでもミシェールに不道徳な一面があれば、噂も仕方なしと思っていた。
ただ、昨日の騒ぎで謹慎を言い渡されたようで、学長から銀髪の娘がうろついていたら、即刻部屋に連れ戻すようにと、告げられた。
昨日の騒ぎは、それとなくは分かっているが、誰に非があるのかはさすがに分からず、とりあえず警備員として仕事をしていた。
そして、出会った。制服にレース等を付ける生徒が居る中、何の装飾もつけていない制服を、しっかりと着こなしている様は、どこにも問題がないように見えた。
話せばさらに聡明さが見えてきて、いよいよきな臭くなってきた。
彼の仕事はあくまでも許可状の悪用を防ぐ事で、ミシェールが傷付いたとて、恥じる事はないのだが、一方的な悪意で彼女が悲しんだ事に、心が痛くなっていたので、証言する事は、当たり前だった。
そして、噂も騒動もすべてが、悪意ある生徒と管理人が原因だと判明し、とうとうミシェールの非を一つも見付ける事が出来なかった。
皇帝にしか名を明かせず、かと言って偽名を騙る事が戸惑われ、二人が名乗りを容赦してくれた事に満足し、警備員は学長室を出て行った。
寮に残っている警備員の中にも、まだ仲間は残っているので、悪用を防ぐための監視は続行される。だが、無用の心配だろうと、警備員は思いながら、今回の一部始終を報告する為に、帝都へと向かった。
さて、昼食時から待たされ続けているリルだが、ベイツが手配したケーキを堪能しながら、ミシェールの可愛いと思える所を、ベイツ相手に語っていた。
ベイツから、『ミル様が知らないお嬢様の話をお聞かせ下さい』と頼まれたので、存分に語っていたのだ。
言いにくい事や、恥ずかしい時は、リルの手を控えめに握り、伏せた目で語る仕草は、同性ながらいつもキュンキュンとしていて、密かな楽しみなのだと語り。
家族自慢の時は、リルの手をキュッと握ってきて、少し早口になる様は、何だか子供っぽくて抱き着きたくなるのだと語り。
苦手な味付けの時は、口に入れる前に一度小さく頷く事に、最近気付いたのだと楽しそうに告げる。
普段はミシェールの事を語れなかったので、リルは満足してお茶を飲み、締めくくる。
「あんなに綺麗なのに、可愛いなんて反則ですよね!それに、普段は頑張って言葉を合わせてくれてるのに、狼狽えると途端、丁寧語になるのです。あんなに分かりやすい人、可愛すぎません?」
その言葉に、ベイツが涙ぐみ、リルがぎょっとした。
ベイツが滲んだ涙を拭い、腕で顔を隠して言う。
「失礼。お嬢様にはお兄様がいらしたのですが、お早くに亡くなられておいでで。お嬢様があのように、感情を上手に表現出来なくなっている事は、さぞ無念だろうと思っていたのです。だから、今の話を知れば、きっと喜ぶだろうと、思ったら」
「そう、でしたか」
「お嬢様と出会って頂いた事に、感謝申し上げます」
「私こそ。ミシェール様と出会わせて頂いて、感謝しています。クロノス大公殿下は、お会いする事も叶わない方ですから、お手数でしょうがベイツ様からお伝え願います」
リルが言えば、ベイツが良い笑顔を返してから、窓の外を見る。
日が落ちて来て、空に紅色が広がっており、教諭陣が解散を命じたのだろう、生徒達が寮のある方へと歩いて行くのが見えた。
「お待たせしておりますが、お疲れはございませんか?」
「はい。丈夫に産んで貰ったので、心配には及びません」
ベイツの気遣う言葉に、リルは胸を叩いて答え、ベイツが肩を震わせたので、釣られて笑ってしまった。
和やかに過ごしていると、騎士を伴って、ミシェールが教務室にやって来た。
「ミル様が、待っているの。一緒にお茶をどうかて」
「わ!会いたい!」
静かに近づいて、リルの手を控えめに触れてきたミシェールに、リルは飛び上がった。
2回程、ミシェールの外出に同行させて貰い、ケーキをご馳走になっていたので、リルは『ミル様』に懐いていた。
が、学長室に向かいながら、ミシェールから謝罪と共に、『ミル様』が養父ミハエルだと明かされ、着いた先に、煌びやかなミハエルが待っていて、改めてミシェールの養父だと名乗りを頂戴し、リルは緊張しながらお茶をしたのだった。
「あたしが緊張するから、黙ってくれてたんだろうけど、ちょっとショックだったな。ミシー様が秘密にしてた事」
お茶が終わり、リルはミシェールと並んで歩きながら、寮へと向かっていた。
ミシェールがリルの手を控えめに握り、伏せた目で言う。
「ごめんなさい。言わなきゃで思ってたのだけれど、口止めされてしまって。でも、リルの良さを知って貰いたくて、紹介したかったの。ガッカリしましたか?」
「ちょっと怒ってる。嫌いになっちゃうかも。友達やめちゃうかも」
「また、お友達に、なって頂きたいのですが、ダメでしょうか?」
足を止めたミシェールに釣られ、リルも足を止め、そちらに振り返る。
胸の前で右手で左手を握っていて、じっと見詰めてくるミシェールに、リルは悪戯心が沸く。
「無理」
「そう、です、よね」
「だって、ミシー様はまだ友達だもの」
みるみる視線が落ちる、ミシェールの手を両手で握り、リルは歯を見せて笑った。
ミシェールが、リルの顔と握られた手を何度も見ていて、その様子にリルは嬉しくなる。
「そんなに、あたしに嫌われたくないて思ってくれて嬉しい」
言葉と共に抱き着けば、ミシェールが控えめに抱き返してきて、リルは満足した。
そろそろ離れようかな。とリルが思っていると、ミシェールが小さく溢す。
「先ほどのように、あの人に言えば、良かったのですね」
リルが顔を上げると、ミシェールの伏せた目から、ポロリと涙が零れていた。
「伝えれば、良かった。どう思われていようと、私は、好きなのだと」
ポロポロと零れる涙をそのままに、静かに言う姿に、リルは胸が苦しくなった。
誰に対してなのか、その人がどうしているのかも聞けない。軽はずみな慰めを言えない事だとは分かった。ただ、思うまま、リルは口にする。
「次は伝えよう?もし、伝えるのが難しいと思ったのなら、あたしが横で応援するから、その時は頼ってね」




