因果因縁 16 マゼランダの終演
前回読み飛ばした方への補足
才女だったマゼランダは、冴えない婚約者が不服だった。
彼女が16歳の時、その婚約者から、家の都合で他の令嬢と婚約する為に、解消を願い出られても喜んでいた。
貴族学園を、就職活動失敗、婚約者なしで卒業。
その後、縁に恵まれず、実家で暮らしていたが、弟が結婚し、実家で肩身狭い思いをしていたら、伯父から寮の管理人に誘われ、平民が多い事に不満がある中、渋々承諾。
そんな所へ、ミシェールが編入。
綺麗な顔で、自身の嫁き遅れを嘲笑われていると感じたマゼランダは、ミシェールの存在が不愉快に感じた。
従者と毎週出掛けるのも、ふしだらな関係としか思っておらず、寮の敷地に居た騎士二人も、同じなのだろうとしか思えなかった。
ミシェールを守る為に、レイピアを抜いた黒髪の騎士は、マゼランダには野蛮人にしか見えなかった。
ハンカチ1枚の為に、ゴミを散らかした騒ぎと、日頃の行いを詰めても、ミシェールが反省してないように見えたので、マゼランダは生意気にしか見えず、授業の参加を禁止し、叔父に処分を願おうと報告し、夜が明けた。
皇帝への侮辱行為だと言われた事は不当の脅しで、ミシェールの養父が帝都に居るなど、口から出任せだと、マゼランダは信じていた。
学長室での話し合いでも、間違いを認めようとしないミシェールは、養父母を困らせていただろうとしか思えず、その間違いを認めさせる流れで、失せ物が何であるか知っている事が露呈したが、些細な事だと思っていた。
そして、その時が訪れた。
ミシェールが、迎えに行かなければと、腰を上げ、優雅にけれど足早に、学長室を出ていってしまった。
それを茫然と見送り、対処を迷っていたら、警備員に言われたのだ。
『すぐ向かわれた方が、賢明かと存じます』
と。
叔父に引っ張られ、校庭を横切り、ミシェールに追いつけば、圧倒的な大きさの男が、愛しそうに彼女を抱き寄せる所だった。
男はその額に口づけをし、何やらミシェールに向かい囁いていた。
その男は、ミシェールの従者として来ていた筈だった。なぜ、上質な服を着ているのか、なぜ、騎士達が頭を下げているのか、マゼランダは、理解が追いつかなかった。
叔父の恐る恐るの確認に、男は肯定した。
エクレナール国国王の兄、クロノス大公なのだと。
何もかも、嘘だったのだと、知らしめられた。
ミシェールの素行の悪さも、大公に見放されたというのも、マゼランダの妄想でしかなかった。
面会に通っていたのは、品性のない従者ではなく、養父だった。
なんとか自身への疑いを晴らそうとしたが、それはミハエルによって遮られ、ミハエルはミシェールを連れて校舎へと向かってしまった。
ミハエルの存在感に、マゼランダが震えていると、叔父が教諭陣によって連れて行かれた。
きっと今回の事でお咎めがあるのだろうと、他人事のように、叔父を不憫に思っていたら、昨日見た黒髪の騎士が、マゼランダの前に跪いた。
「ご同行を願いたい」
以外にも、流暢なベネルオース語で言われ、マゼランダは目を細めた。
「お断りしたら、どうなされるおつもり?また昨日のように、無体を働くのかしら?」
「その時は致し方ないと。ですが、レディにそのような事をしたくありません。ご同行頂ければ、丁重に扱うとお約束しましょう」
「そこまで言って下さるのなら、宜しくてよ。お約束をお忘れなく」
そう答えれば、黒髪の騎士は、マゼランダに触れる事なく歩き出し、マゼランダは周りを騎士に囲まれて応接室へと案内された。
段差があれば一言告げ、ドアを抑えて待ち、抜群のタイミングで椅子を引いたので、黒髪の騎士の紳士ぷりに、マゼランダは鼻白む。
何か一つでも失礼があれば、それを糾弾するつもりだったのに、どの所作にもマゼランダへの気遣いがあり、文句の一つも出なかったのだ。
そればかりか、手づからお茶を入れて見せ、
「お口に合えば良いのですが、少々お待ち頂くので、どうぞお寛ぎ下さい」
と微笑んできた。
ここまで丁寧に男性に扱われたのは、マゼランダは初めてであった。
元婚約者は、気遣いが出来ず、愚鈍で、マゼランダをイラつかせる才能だけがあったのだ。
暇つぶしにと、マゼランダは黒髪の騎士に声をかける。
「貴方、ベネルオース語がお綺麗ね」
「お褒め頂き光栄に存じます。主君は外交の仕事をしておりましたので、主君の恥になってはならぬと、主要国の言葉は覚えたのでございます」
「良い心掛けだわ。知識は裏切らないもの。身に着けて損になる事はないわ」
紳士な上に、勤勉な様子に、マゼランダは黒髪の騎士を好ましく思った。
だがこの騎士は、マゼランダを欺いた男に仕えている。決して心を許してはならないと、その後は呼ばれるまで無言で待った。
待っている間、どう釈明するかを練り、これなら説得出来ると思った頃、学長室に呼ばれた。
「貴方が着いて来て下さる?他の方では不安で」
とマゼランダが言えば、黒髪の騎士はあっさり頷いた。
そして、学長室で、練った釈明は全て無駄になってしまった。
だから、認めるしかなかった。
大事な物だとは知らなかった。噂したのも、行動を起こしたのも小娘達だと。ゴミだと思ったのだと。
ハンカチが燃えたのは、故意ではなかったと。
だというのに、皇帝の目だという警備員は、帝国の民を弁護する事なく、大公に処罰を認めてしまった。
守るべく帝国の民を見捨てるなど、皇帝の目として相応しくないと言おうとしたが、黒髪の騎士に止められてしまった。
騎士に私に罪があるのだと無礼な事を言われ、それに反論すれば、黒髪の騎士は私を好ましく思っていたなど、惑わす言葉を口にし、私の髪を取り、悲しげに微笑み、
「このように出会いたくありませんでした。勇ましいレディ」
と言われ、そっと顔を寄せられたかと思えば、頬に温かい物が触れた。
-ドン!と突飛ばし、マゼランダは黒髪の騎士を睨みつけた。
「なにを!」
「昨日の貴女の凛々しい姿に、もっと知りたいと思った。と言ったら、レディはお疑いになられるだろうか?」
「おふざけにならないで下さいませ!」
傷ついた表情で胸に手を当てた黒髪の騎士に、更に睨みつければ、黒髪の騎士が苦しそうに笑う。
「ですが、レディは我らのお嬢様を傷付けられ、一言も謝罪を頂いていない。心惹かれていようとも、私はお嬢様をお守りする騎士。レディを処罰せねばならない事が、とても苦しい。どうか、哀れな騎士の為に、一言でもお嬢様に謝罪を。一度でもその姿を見せて頂ければ、私のレディは誇り高い方だったと、胸に留める事が出来るのです」
その姿に、マゼランダがぐっと唇を噛み、事態を見守っていたミハエルとミシェールに視線を送り、胸を押さえている黒髪の騎士を見て、ゆっくりとミハエルとミシェールの方へ身体を向け、そこに膝をつき、深く頭を下げる。
「私が、燃やしました。申し訳ございません。お嬢様の大事な物だと知らなかったとはいえ、愚かでした。いかような処罰も覚悟いたします」
マゼランダは、黒髪の騎士スターゼフにエスコートされ、町の衛兵の詰め所へと連れて行かれた。
「あいつのやり方は覚えるなよ?叱られるのは俺だ」
遠い目をし、ミハエルが言い、
「私には無理です」
とミシェールは答えた。




