因果因縁 14 釈明
長々と自分は悪くないと主張するリュション子爵令嬢に、ミハエルは一言だけ言う。
「それで主張は済んだのか?」
腕を組み見下ろせば、リュションが不服そうに口を引き攣らせた。
ミハエルの視線が、その隣へと向けられ、アシュハント男爵令嬢が身体を縮こまらさせた。
「アシュハントの主張を聞こう」
「わ、私は、ただ、クロノス大公令嬢は、見捨てられたのだから、平民に戻るべきだと思って。だって!皆言ってたもの!平民に戻るのも時間の問題だって!」
アシュハントは、話し始めはしどろもどろとしていたが、段々とヒートアップし、最後は叫ぶように言い、肩で息をし、息が落ち着くと、泣きそうな声へと変わる。
「だからって、盗みなんて良くないのに、チェネット様が、間違いを正す為だと」
「あんたがハンカチにしようて、言ったんじゃない!」
「実行したのは、チェネット様です」
青筋立てて叫んだリュションに、涙まじりの声で答え、リュションが反論しようとし、教諭陣に口を抑えられた。話にならないと判断されたのだ。彼らは、ミシェールの悪評を放置した罪の軽減の為に、加害者生徒を制御する事を選んでいた。
アシュハントが顔を覆う。
「ハンカチなら、大事にならないと、思ったのです。服や宝石は、突き出されるかも知れない。手紙もあったけど、手紙を盗まれたら、私だったなら悲しいから。ハンカチ程度なら、困らないだろうし、隠しやすいから」
盗みに入った時、リュションはクローゼットを漁っていて、アシュハントは、罪悪感から引き出しを開けていた。
そしてハンカチを見つけた。
彼女に、これならどうだろう?と提案すれば、こんな物では面白くないと言われ、貴金属やドレスでは大事になって、取り返しの付かない事になると説得すれば、彼女はそれを掴んで出て行った。鍵を返すように言われた時、預かってなさいとハンカチを押し付けられ、盗んだ物を持っている事を、アシュハントは恐ろしく感じた。
「手紙の事で人を思いやれるのなら、盗む事そのものを自身の身になって考えるべきだったな」
静かに言い、ミハエルはミシェールの隣りのソファーに戻る。
「問題のハンカチを返して貰おうか?あれは、家族の絆の証。傷一つ付ける事すら許されない物だ」
ソファーにふんぞり返り、ミハエルが右手を差し出すと、教諭陣の視線はアシュハントに集まった。
警備員と学長は、マゼランダの自白があったので、どういった事なのかと、事態が把握出来ていなかった。
明確な事を言っていないが、発言内容から、マゼランダこそが、クロノス大公令嬢の私物を盗んだと思っていたのだ。
クスンクスンと言いながら、アシュハントが言う。
「鍵を、返した時に、マゼランダ様が、預かって、下さると。私、持っているのが、怖くて」
「それが主張の全てか?」
「私は、ただ、仲間外れになりたく、なくて。それだけなんです。皆と同じ事をしていれば、安心出来て」
ミハエルの確認に、クスンクスンとアシュハントが答え、ミハエルは溜め息を吐き、二人を廊下の奥にある反省室に戻させた。
次に連れて来られたのは、落ち着いた表情の、寮の管理人マゼランダだった。
ミハエルの腹心で、護衛騎士のスターゼフに監視されながら、部屋に入って来た。
「リュション子爵令嬢とアシュハント男爵令嬢から全て聞いた。申し開きはあるか?」
足を広げて座り、その両膝にそれぞれ腕をかけ、ミハエルは下から睨み上げた。
「小娘の証言を真に受けるのですか?酷い方。私は何も存じておりません」
うっすらと涙さえ浮かべ、マゼランダが言うも、ミハエルは溜め息を吐く。
「警備員殿からも、娘からも話は聞いている。親切として一つ忠告すれば、警備員殿は陛下の目としてここにおられる。虚偽などと喚くのであれば、陛下を疑っているという事になる」
ひっとマゼランダが息を飲み、ガタガタと震え出した。
「もう一度聞こう、申し開きはあるか?」
「私は、ただ、あの小娘に真実を囁いただけ。挨拶にお供を付けて居なかった事、従者と頻繁に出歩いている事を」
「鍵を貸した事に間違いはないな?」
ガタガタ震えながらも、言い訳を連ねるマゼランダに、ミハエルが眉を上げて言い、それにマゼランダがビクリと身体を大きく震わせる。
「鍵は、盗まれました。短い時間で戻ったので、問題視しなかったのは、間違いであったと、反省しております」
「ハンカチを預かったと聞いたが?」
「記憶にございません」
震えながらも答えるマゼランダに、無言で見ていたミシェールが、口を開く。
「幼稚な物と表現なさいました。何より盗まれた物が何であるかを、貴女はおっしゃいました。私は騎士以外に誰にも、それを言っておりません。どう説明されるのですか?」
思い違いだと言いたくても言えず、マゼランダが唸った。
ミハエルが背筋を伸ばし、右手をマゼランダに向ける。
「反論出来ないのであれば、返して貰おう。あれは、唯一無二の物。粗末に扱われるのは我慢ならん」
ミハエルの言葉の後、ミシェールは祈るような思いでマゼランダを見る。
リュションが焼却炉と言ったのは、自分を取り乱せる為の嘘であったと、思いたかったのだ。アシュハントは、マゼランダに渡したのだから、どこかに隠してあると、希望を持ちたかった。
だからこそ、ハンカチの行方を知る為に、無言で見守っていたのだ。
マゼランダが息を飲み、ガタガタと震えながら、喘ぐように言う。
「知らな、かった。のです」
ミシェールが膝の上で手を拳にすると、ミハエルが身を乗り出し、それを上から覆う。
マゼランダは喘ぐように続ける。
「私は、何も、間違ってなど。噂したのも、行動したのも、あの二人。ゴミと、混ざって、出されて、しまった。それだけ」
「救いようがないな。どいつもこいつも。警備員殿、どう思われる?」
「嘆かわしい事に、帝国民として相応しくない者が集まってしまったようですね。どなたも謝罪の一つも言えず、反省の色がない。庇い立てする価値もありません。クロノス大公のお気が済むように、ご判断して頂いて構いません」
ミハエルに判断を委ねられ、警備員は淡々と言い頭を下げ、
「そんな!」
とマゼランダが震えながら非難の声を上げた。スターゼフは足を踏み出そうとしたマゼランダの肩を掴み、そこに留めさせ、静かにベネルオース語を操る。
「レディ。昨日の非礼に続き、このように触れた事をお詫びします。レディに、これ以上の罪を重ねさせるのは忍びなく、勝手ながら非礼をさせて頂きました」
「罪など、私にはありません。騎士が無礼な事を言わないで下さる?」
会話の相手がスターゼフだからか、マゼランダは不愉快そうな顔を見せた。
だが、スターゼフは凪いだ表情のまま言う。
「残念です。レイピアを向けられても、毅然とされていた貴女を、私は好ましいと感じておりました。お嬢様を侮辱なされ、傷付けられた事は、許せる事ではありませんが、レイピアを向けた事を、お詫びしたかった」
ゆっくりとスターゼフの手が伸び、解れて垂れている灰色の髪をそっと触れ、スターゼフが悲しげに微笑む。
「このように出会いたくありませんでした。勇ましいレディ」




