因果因縁 12 悪あがき
リルが昼食の心配をしながら、授業の復習をしていると、机の前に令嬢が2人立ち塞がった。
「リル様、私達行き違いがありましたけど、貴族学園の頃からのお付き合いがありますでしょう?」
「リュション子爵令嬢、アシュハント男爵令嬢、何かご用でしょうか?」
目の前に立つ令嬢に、リルは不気味に思いながらも椅子から立ち上がり、姿勢を正す。
リュション子爵令嬢こそが、リルを孤立させた人物で、孤立に成功してからは、まるでリルなど目に入っていないかのように振る舞っており、今のように正面きって声を掛けられたのは、入学式以来だった。
何より、気持ち悪いほどの笑顔など、リルは向けられた事がなかった。
そして、アシュハント男爵令嬢は、彼女の右腕のように、毎度彼女と一緒にクスクス笑っている女生徒で、昨日の事件の時も、リュションの後ろから早く探せと言った本人だ。
訝しく思っていると、リュションが机を回り込み、リルの右手を両手で握ってくる。
「そんな呼び方寂しいですわ。私の事はチェネットと呼んでと言ったではありませんか」
ぞわっと鳥肌が立つ思いで、リルはリュションを見る。
口元は引き攣っていて、顔色が悪いのに目が必死に何かを訴えかけている。チラリとアシュハントを見れば、似たような表情で、
「私の事もコランナとお呼び下さい」
と震える声で、聞いた事のない優しげな声を発した。
ますます怪しさが増して、リルが無言で眺めると、じれたようにリュションが身を乗り出して言う。
「お友達でしょう?私達。困った時はお互い様。手を差し伸べ合うべきだと思うの」
「そうですわ。お互い助け合いしたいと思っておりますの」
アシュハントが、リュションの隣りに立ち、リルの左手を両手で包んできた。
うわぁと、リルが引いているが、リュションはお構いなしに言う。
「ちょっとクロノス大公殿下にお口添え下されば良いのよ。難しい事ではないでしょう?」
「お友達の私達が困っているのですから。お優しいリル様なら助けて下さるでしょう?」
必死な様子の二人に、リルは悟り、小さく首を振って言う。
「勤め先の斡旋なら、急ぐ必要はないと思います。あと3年ありますし、私では、」
「そんな事を頼んでいる訳ではないわ!馬鹿にしないで頂戴!ツテならいくらだってあるんだから!」
「叔母が世話してくれると、約束してくれておりますわ!」
言葉を遮り、リュション、アシュハントが揃ってヒステリーを起こしたので、リルは首を傾げる。
ミシェールと仲が良いリルに、卒業後の勤務先確保の為に、クロノス大公とのツテを作ろうとしたのだと判断していたので、二人が怒った事で、判断が間違いだと気付いたものの、では何故急に態度を変えたのか、分からなかったのだ。
ぎゅうっとリュションが痛いほどに手を握ってくる。
「貴女は面識があるのだから、私達の事は、子供のイタズラだったのだと言えば良いだけなの」
「子供同士のじゃれ合いで、ちょこっと行き過ぎただけだったのだと、そう説明して下されば丸く収まりますの」
アシュハントにも痛いほどに手を握られ、リルが顔を顰めると、リュションが不快そうに顔を歪める。
「ちょっとミシェール様と仲が良いからと、図に乗っていらっしゃるようね?」
「私達がこんなに困っているのに、こんな冷酷な方だなんて知らなかったですわ」
アシュハントが責めるように睨んできたので、リルは二人を何度も見比べる。
他の生徒達はザワザワと落ち着きがなく、お互い何か牽制しあっているようで、教諭はこの騒ぎの前に、教室から出ないように告げて慌てて教室を出て行ってしまったので、混沌とした教室に、リルは誰か説明するか、この二人を止めて欲しいと願った。
-ガチャリ
と教室のドアが開き、教諭が四人入ってきた。30代の剣技指導の男性教諭が、青い顔で厳しい表情で言う。
「リュション子爵令嬢、アシュハント男爵令嬢、来るように」
その瞬間、教室中がざわりと息を飲み、リルの手を握っていた二人が、縋るようにリルの腕に腕を絡めてくる。
「リル様!お願いよ!助けて!ツテなんていくらだって貴女に差し上げるわ!」
「叔母に掛け合えば、良い嫁ぎ先を見つけて下さるわ!」
リュションとアシュハントが揃って言うが、リルには話が良く分からず、返事が出来ないでいると、二人の令嬢の肩が、近寄ってきた教諭陣によって掴まれ、両腕を掴まれ、引きずるように連れて行かれる。
「いやーーー!私は悪くないわ!」
「誤解です!聞いて下さい!」
と叫ぶ声はどんどん遠ざかり、教室に静寂が戻った。
「え?何?」
一人ポツンと残され、リルは首を傾げた。
昨日の事で、二人がしでかした事を、リルに弁護を頼もうとしてるのだとは、うっすら分かってきていた。
だが、朝から普通に授業が始まり、今は昼食時間。この騒ぎの前まで、二人に何もお咎めがなかったので、学校もミシェールだけが悪者として判断したのだろうと、リルは悔しく思っていたのだ。
だが、窓の外で布がはためいたのが見えた後、教室中の人物が窓に走り寄り、何やら騒がしくなってからの今。
何かしらが起こって、改めて昨日の事が問題になったのは、やっと分かってきて、リルは安堵の溜め息を吐こうとし、茶色い髪と瞳の騎士が、教室に入ってきたので、それを飲み込んだ。
ミシェールの外出に、2度同行させて貰った時に、見た顔だったからだ。その騎士が迷いなくリルの元へと歩いて来たので、リルは詰んだと悟った。
馴れ馴れしくミシー様と呼んだのは、やはり不敬だったと後悔していたが、ベネルオース語で丁寧な名乗りと、初めてのエスコートを受け、教室を連れ出されてしまった。
リルが慣れないエスコートに身体を固くしていると、ベイツと名乗った騎士は、リルの姿勢の良さを褒め、ミシェールを友として選んだ審美眼を褒め、ミシェールの授業中の様子を聞き出したりと、リルの緊張をほぐしてくれた。
廊下では教務室の扉の先にある、学長室の部屋の扉の前に、同行している騎士と同じ騎士服の騎士が二人立っていて、その前に教諭陣が青ざめた顔で立っており、ひそひそ囁やき合っている。さらに廊下の先から、『お父様を呼んで!』やら『私は嫌だと言ったの!』と女の子の怒鳴り声が聞こえて来た。
教務室に通されると教諭陣は不在だった。
「昼食をご用意しました。どうぞお召し上がり下さい」
教務室の応接セットのソファーに案内されれば、テーブルには昼食の乗ったトレーが1食分置いてある。
「お嬢様は只今、昨日の事を話し合い中でございまして、暫くこちらでお待ち頂く事をお詫び致します」
リルは聞きたかった事を教えて貰い、頷いて食事に手を伸ばした。
たかだか子爵令嬢にこれだけ親切な騎士が居るのなら、ミシェールが納得出来る話し合いになると、信じられたのだ。




