因果因縁 11 結末へと
-(ベネルオース語での会話)-
「クロノス、大公?」
疑いながら歩み寄ってきたヤンジョシュが、伺うように口を開き、引っ張られて着いてきたマゼランダが、ミハエルの顔を見て『ひっ』と息を飲んだ。警備員も後を歩いて来て、事態を見守るように立った。
「いかにも。エクレナール国国王の兄、ミハエル・ヒリス・バン・クロノスだ。こちらではいつから、下の者が、上の者に声をかけて良い事になったのだ?それとも田舎の礼儀であろうか?そこの男、教えてくれるか?」
ミシェールを抱き締めたまま、ミハエルが高圧的に言い、首を傾げる。
それに、ヤンジョシュが慌ててその場に蹲り、マゼランダも慌てて、その横に膝を付く。
「申し訳ございません!大公殿下に拝謁する機会に恵まれておらず、ご無礼をお許し下さい!」
「さて、どうしたものかな。授業中の筈だが、真面目な娘がサボっている理由を、納得出来るよう教えて貰えれば、考えなくはない。これは真面目すぎてな。息抜きをしろと何度言ったのか数えられない程だ。例え養父が訪ねて来ようとも、授業を放り出す事などありえん」
大きな声ではないのに、ずしりとその声が響き、ヤンジョシュが慌てて青褪めた顔を上げ、あたふたと手を振る。
「いえ、あの、なんと申しますか」
「悪いのは、リュション子爵令嬢と、アシュハント男爵令嬢です!愚かにもクロノス令嬢のハンカチを盗み、根も葉もない噂で辱めておりました!」
ガバリとマゼランダが上半身を起こし、ミハエルに訴えかけるように言うも、冷たくチラリと見られただけで終わる。
「そこの令嬢の発言を許した覚えはないが、教育不足ではないのか?」
「は!申し開きもございません」
唖然としていたヤンジョシュが、慌てて力尽くで、マゼランダの頭を押さえつけ、マゼランダは顔を赤くし、地面に抑えつけられた。
「で?なぜ、娘が授業を受けていない?しかも、聞き捨てならない言葉を、先ほどそこの令嬢が口にしたな?ハンカチを盗まれ、噂で辱められたと。どういった事なのか、じっくり聞いてみたいものだ」
「ですから、それは、その、私のあずかり知らぬ事でして、どう、説明をすれば良いものか」
「ほう?では、この学校の責任者を、ここに呼んで貰おうか」
平身低頭で答えるヤンジョシュに、ミハエルはそう言い、ミシェールの頬を大事そうに撫でる。
「我が愛しのシェリーに対する不手際を、その者には詫びて貰わねばならんからな」
ひぃぃとヤンジョシュが悲鳴を上げ、泡を吹いて倒れ、マゼランダか顔を伏せたままガタガタと震え、ミシェールは腕の中で長く溜め息を吐き、母国語で囁く。
「”そういう呼ばれ方は嬉しくありません”」
「”反抗期か?”」
母国語で返し、肩で笑いながら、ミハエルはミシェールの肩を優しく叩いた。
学長室までの案内を、警備員に頼み、ミハエルはミシェールと揃って、校舎へと向かう。
旗をはためかせた派手な登場に、校舎の各窓から生徒達が眺めていた。
リルは覗こうとして、野次馬に弾き出されていた。背が小さい為、ピョンピョンと跳ねても、見えるのは野次馬の頭だけだった。
野次馬の生徒達は、最初は『まさか、ね?』や『見せかけだけじゃない?』と懐疑的な囁きだったものが、『嘘』やら『なんで』と茫然した声と、『どうしよう』と慌てる声、『貴女が平気だって言ったのよ』と責める声と、それぞれ変わり、クラスメイトにとって良くない事なのだろうと、見えない事を諦めた。
もし自分にとっても良くない事だろうと、その時はその時だと開き直り、リルは昼食の心配をする。授業中に何者かが校門に来て、授業が中止になり、昼食の時間に突入してしまったのだ。
ミハエルに頼まれた教諭陣によって、ヤンジョシュは学長として、ミハエルの待つ学長室へ連れていかれ、学校の責任者が、何故、生徒間での嫌がらせを知らないのか?と問い詰められるのは当然の話。
本当に知らなかったとしたら、学長として相応しくない事になり、知っていて知らぬと言ったとしたら、他国とは言え、王族に対する虚偽申告を問われる事になる。進退極り、プルプル震えているヤンジョシュに、ミハエルは、ソファーの肘掛で頬を杖突いて眺める。
「既に昼を過ぎたな。昨日から時間は十分にあった訳だが、当然、娘に正当な対処をして頂いているのだろうな?」
「それが、その」
「私物を盗まれたのだ。相手に謝罪と反省を命じる事は、ここの責任者としての権限で出来る筈だ」
「ですから、それを、話し合っていた所に、閣下が、いらっしゃり、中断を」
しどろもどろに応えるヤンジョシュを見限り、ミハエルは頭を振る。
「話にならんな。では、その加害者はどこに居る?なぜここに居ない?それとも、被害者である娘に授業を受けさせず、ここに軟禁でもしていたのか?」
「軟禁なんてとんでもない!ただ、被害者であるクロノス令嬢をお守りする為に、保護をしていただけで」
「保護?加害者を隔離し、反省を促すならまだ理解出来る。被害者から授業を受ける権利を取り上げ、加害者には授業を受けさせるのは、どういった考えだ?」
「その、クロノス令嬢は、少々クラスで浮いておりまして、でしたら、私が直々に授業をと」
「正気か?年若い娘と、二人きりで?」
「まさか!先ほど一緒にいたのが、私の姪でして、同席しておりました。勿論」
「と、言っているが?」
ミハエルが隣りのソファーを見ると、ミシェールがチラリと、ヤンジョシュを見る。
必死に首を横に振るヤンジョシュから視線を外し、ミシェールは隣りを見る。
「清々しいほどに全て嘘です。そこの警備員様も、証言して下さると信じております」
ミシェールが手で示した先には、窓際で直立不動の警備員だった。
寮の管理棟から着いてきていて、流れで今もそこに居た。
「そちらのお嬢様の言う通り。まったくの出鱈目です」
「お前!誰に雇われていると!」
警備員の答えに、ヤンジョシュが青褪めた顔で叫び、
「そう叫んだ時点で、自分の発言が嘘だと証明したようなものだが」
とミハエルが呆れ返った。
結果、ヤンジョシュとマゼランダが二人して、ミシェールの言い分を聞かず、ミシェールを侮辱し、怒鳴りつけた事、マゼランダがミシェールを快く思っていなかった事、マゼランダの自白の全てがミハエルに晒されたのであった。
もし、ヤンジョシュが、ミシェールの話をまともに聞き入れて、自身の間違いを謝罪し、何故間違ったのかを釈明出来て入れば、ミシェールにも多少の弁護をする余地があったのだが、彼は終始、自身が信じている歪んだ主張のみを優先してしまっていた。
なおかつ、事態が明るみになっても、保身の為に嘘を重ねたので、信頼を得る機会を失ったのであった。
「真正面からぶつかりすぎだが、価値のない人間を弁護する必要がなかった事は幸いだったな」
遅くなった昼食を摂りながら、ミシェールから話し合いの詳細を聞き、ミハエルはミシェールの頭を撫でた。




