因果因縁 10 現る
目を一度伏せ、ミシェールは真っすぐ前を見据える。
「私の事は、何を言われようと構いません。養女になるにあたり、快く思わない人間は、少なからず居ると、覚悟しておりますから。どうぞ、お好きなように。ただ、真偽も確かめず囀っていては、その後恥をかかれるのはそちらです」
「ああ言えばこう言う!反省すら出来んのか!」
「そうでしょう!いっつもこうして人を見下しているのよ!だから、私物を捨てられるのよ!あんな幼稚な物!同情を引こうと騒ぎすぎよ!」
ヤンジョシュが憎々し気にソファーのひざ掛けを叩き、マゼランダがキッとミシェールが睨みつけた。
すぅとミシェールの目が細くなり、マゼランダを真っすぐ見る。
「なるほど、貴女でしたか」
「な、なによ!」
「鍵を掛けておいたのに、物が消えるなんて、どんな魔法なのかと、不思議でした」
静かに言いながら、ミシェールは両手を組む。こうでもしないと、暴力で訴えてしまいそうなのだ。
リルと二人、周りの生徒に良く思われていないので、僅かな間だとしても、部屋を出る時は部屋の鍵を掛けていたのに、今回の事件は起こった。
管理人用の合鍵を盗んだか、目の前の人間の協力があったのかと思ったが、目の前の人物こそが犯人だったのだ。でなければ、幼稚な物と表現出来ない。無くした物は、ミシェールの赤子時代を兄が描き、養母、兄、侍女長が刺繍してくれたのだから。
そして焼却炉にやって来るのが遅かった理由に、説明がつく。
焼却炉に向かうには、管理棟にある玄関から出るのが一番近い。非常口からは遠回りになるので、騒ぎに生徒が集まるなら、玄関以外を使うとは思えなかった。
生徒が集まっていたのだから、管理棟に居るマゼランダは騒ぎを聞きつけて、もっと早く着く筈なのだ。自分ではないと示す為か、多くの生徒にミシェールが騒ぎを起こした事を見せる為なのか、ゆっくり来たのだとミシェールは気付いた。
「私の、何がいけなかったのでしょう?真面目に、勉強も鍛錬もしておりました。制服もしっかり着用しておりました。恥じるような事をした覚えはありません」
「その目よ!その目が嫌いなの!いつもいつもいつもいつも!ちょっと綺麗だからと、人を嫁き遅れだと見下して!」
乱暴に立ち上がり、マゼランダがミシェールを指差し叫び、ヤンジョシュが驚きの表情を見せ、茫然と言う。
「お前、この娘が妙な噂ばかりあって、問題があると、あれは、なんだったのだ」
「品性のない従者と出歩いているのは本当よ!多くの生徒が目撃しているわ!登校前の挨拶に、親もお供も着いて来ない!エクレナールから弾き出され、帝都の貴族学園に入れなかった娘ですもの、大きな問題を起こす前に、追い出すべきだったのよ!」
マゼランダが落ち着きなくその場でぐるぐると歩き回る様を、ミシェールは悲しい思いを抱えながら見る。
事前の準備は使用人に任せたが、登校前の挨拶で養父母と使用人の付き添いを、ミシェールは断っていた。
ヴィヴィアンナがこちらに来れば、皇帝を刺激する可能性があるし、ミハエルは現在貴重な直系王族で、先王が病床に臥せった為に、代わりに公務を振られ、動けない状況だった。
そして、平民が主の学校に、使用人をぞろぞろ連れて行くのも戸惑われ、荷運びだけをお願いしたのだ。
勿論、三人の大人達は不服そうに抗議してきたが、『私を信用して下さい』の一言で黙って頂き、ミハエルに『兄に似て頑固者め』と褒めて貰った。
侍女長に『頼りないですか?』と聞けば不承不承ながらも、使用人達に通達して貰い、荷運びに2人だけ来て貰った。
着いて来た騎士は、ミハエルの腹心のスターゼフと、副団長の2人。2人には『将来部下になるので、これ以上はご遠慮願います』と伝えて、宿に向かって頂いていた。そんな誇らしい記憶でさえ、否定されていた事実と。
ミシェールが事情があって表情が動かない事は、学校側には事前に伝えられていたのに、表情が動かない事で、見下していると思われていた事に、ミシェールは落ち込んだ。
全ての人に理解して貰えるとは思っていなかったが、大公城では皆が優しく、小さな変化も見逃さず、寄り添ってくれる人が沢山いたので、すっかり忘れていたのだ。自分が可愛げのないつまらない人間なのだと。
修道院で、過度に構ってきた年上の男子が、ミシェールが冷たく対応する事を覚えた日、『かっわいくねーの!つまんない女!』と叫んだのを思い出し、ミシェールは膝を見る。
『胸を張って下さい。大丈夫です。だって、ミシェール様ですから』
ふとその声を思い出し、背中を押された気分になった。
何の根拠もない。なんなら、なにが『だって』なのか聞きたいくらいだが、ミシェールの知らずのうちに丸くなった背中が、すっと伸びる。
「大丈夫」
と小さくこぼし、ミシェールは顔を上げた。
不意に、右手側にある窓から、見慣れた旗が見えた。
『じゃじゃ馬め』
皮肉気な声が聞こえた気がして、ミシェールは息を吐き、左手人差し指に嵌めた指輪に触れる。
「残念です。弁護の余地がない上に、時間切れのようです」
そう言って、すくっと立ち上がる。
「失礼します。迎えに行かないとならないので」
ゆっくりとカーテシーをし、ミシェールは音もなく、そして姿勢良く足早に歩き出した。
-(エクレナール語での会話)-
足早に向かった先の門には、クロノス大公家の紋章の旗がはためいていて、馬車の周りを騎士が囲んでいる。近寄る事が恐ろしいのだろう、授業を中止したと思われる教諭達が、それを遠巻きに見て居る。
太陽が真上にある中、ミシェールが近寄ると、騎士が一斉に頭を下げ、馬車の扉が騎士によって開かれる。
長い脚が、地面に降り、長身が姿を現した。
白が混じる赤みのある金髪は、櫛が通されて綺麗に艶を放ち背中を覆っており、意志の強そうな赤い瞳。濃紺の上質な生地に金ボタンと朱色の糸で刺繍をされたフロックコートを身に付けていて、襟元から赤いアスコットタイが覗いている。
その赤い瞳が、細められる。
「会いに来たぞ」
耳に響く重低音に、ミシェールはツカツカと歩み寄る。
「2日後に、と書いた筈ですが」
ミシェールの視線の先に居るのは、当然ミハエルだ。
便箋に『2日後に会いたいです』と書いて出していたが、恐らく効果がないであろう事は、ミシェールは予想出来ていた。
ただ予想以上の早い到着と、派手な登場に呆れ返ってもいた。
ミハエルが意地悪く笑った。
「これには書いていないようだが?」
ヒラリと見せられたのは、確かにミシェールの出した便箋。だが、その便箋が不自然に破れていた。
ミシェールの目が細められる。
「お義父様?」
「そう可愛い顔を見せるな」
肩を震わせながら笑い、ミハエルがミシェールの背後へと視線を一瞬送り、右手で優しくミシェールの身体を引き寄せ、見せつけるようにミシェールの額にキスを送った。
その際、ミハエルから汗の匂いがし、ミシェールは抱き寄せられたまま、ミハエルを観察する。
顎に流れる汗を見つけ、急いできてくれた事は明白で、ミシェールの鼻の奥がツンと痛くなる。
「さて、じゃじゃ馬がどう暴れたのか、お手並み拝見。の前に、父親としての仕事はしないとな」
ミシェールの耳元で、ミハエルが楽しげに呟いた。




