因果因縁 09 戦う
警備員から怪しむ目つきで見られ、マゼランダが怒りに顔を赤くし、声を低くして言う。
「侮辱?私が?私に冤罪をかけるおつもり?」
「いいえ。そう疑われる可能性は高いかと。貴女は、エクレナールを悪し様に噂されている事を、放置されておられました。パドトワロ皇帝陛下がご寵愛されている、イネッサ皇女殿下が嫁がれた国だと、分かっていながらです。となると、悪く言われるような国に嫁がせるような、情のない兄上だと、貴女がそう思っているのではと、陛下への侮辱を疑われても、おかしくないかと存じます」
「そのような屁理屈を!」
バン!と机を叩きマゼランダが大声を出すが、ミシェールは右手に持つ封筒を掲げる。
「無実だとおっしゃるのなら、この封筒をすぐ、配達員に手配お願いします。養父が昨日の事を知って、ここへ来てしまう前に、届けたいのです。すぐに出して頂ければ、私は貴女の無実を証言します」
郵便物は、管理人であるマゼランダが預かり、彼女が配達人に手配する事になっている。だが、昨日の様子から、ミシェールの手紙を素直に預かるとは到底思えず、ミシェールは正面からぶつかる事を選んだのだ。
マゼランダが、余裕を取り戻したのか、見下す様に笑う。
「今すぐ出そうと、半月は来られないわ。いらっしゃるまで、貴女はその態度を見直しなさるべきね。ただ、来て下されば良いですね?貴女に相応しい、品性のない従者しか付けられず、その従者といかがわしい噂があるようでは、見捨てられるのも時間の問題では?」
「後ろ暗い事はありませんと、お伝えした記憶がございますが?職員の方にもご証言頂き、潔白を証明した記憶がございます。それは、私の記憶違いでしょうか?何より、品性のない従者。ですか。あの者が粗暴な事を職員やマゼランダ様にした記憶はありません」
呆れすぎて溜め息も出ず、ミシェールは淡々と言うも、マゼランダは厭らしく笑う。
「今頃養女として迎え入れた事を、後悔されておられるかも知れませんよ」
マゼランダにゆったりと頭を下げてみせ、ミシェールはピンと背筋を伸ばして言う。
「ご心配痛み入ります。ただ、二つほどお間違いを正したく。養父は現在、帝都におります。そして、私を心配し、何人かの騎士をこちらに置いて下さっているようです。昨日の事を知れば、怒って突入してくる恐れがあります」
マゼランダはそれを睨んで返す。
「は?帝都に?そんな話題は聞いてないわ。嘘も大概になさい。あの騎士達も、貴女のお相手なのでしょう?汚らわしい!」
「この機会を逃せば、養父は国を捨ててでも、この学校を潰そうとなさいますでしょう。養父にそのような事をして頂きたくありません。もし、帝都の在中が嘘だったのなら、それはすぐに判明します。その時は、どのような処罰も受けましょう」
顔を醜く歪めているマゼランダと、凛と立って、理路整然と語るミシェールを見比べ、警備員が咳払いし、発言する。
「私が手配しましょう。発言が嘘だと断言して、何もしないのは余りにも早計。手紙を出さず、発言が本当であった場合、下手をすれば戦争へと繋がります。それは、イネッサ殿下のお心を、痛める事になるでしょう。手紙を手配し、嘘だったとしても、2日もすれば分かる事。ならば、この手紙は受けるしかございません」
その発言に、マゼランダが悔しそうな表情を浮かべ、執務机の側にある紐を引く。
-ガランガラン
と音がする中、マゼランダが居丈高に言う。
「結構よ。そこまで言うなら、すぐに出させましょう」
暫くして、職員がミシェールの封筒を受け取り、走り去って行った。
それを見送り、マゼランダが微笑む。
「これで満足でしょう?部屋に、」
「まだです」
言葉を遮り、ミシェールは懐中時計を見る。昼食前の授業が始まった頃を、針は差していた。
時間を費やしてしまった事に後悔しながら、ミシェールは続ける。
「今すぐ、学長を交えた話し合いをしなければ、手紙の意味がありません」
「はあ?」
「あれは時間稼ぎですから。話し合いの末、私に非があれば潔く認め、謝罪をしましょう。そして、養父にそのままお伝えします。ただし、私物を奪われた事実と、部屋に侵入された事は明らかにして頂きたく存じます。養父が来てからでは遅いのです。釈明の余地さえ貰えなくなる可能性があります」
「宜しい。そこまで言うのなら、受けて立ちましょう。謝罪を楽しみにしているわ」
目を細めマゼランダが踵を鳴らして歩き、ミシェールの目の前で胸を張った。
ミシェールが無言で頷くと、マゼランダを先頭に管理人室を出る。
警備員がエスコートしようとした手を断り、ミシェールがその後ろに続き、警備員が成り行きでなのか着いて歩いた。
寮の隣りの敷地に入り、そのまま校舎へ入り、すれ違う教諭陣が怪訝そうに三人を見る。
授業中なので、廊下には生徒はおらず、1階に教室がないので、授業の声も聞こえず、学長室に辿り着いた。
50代頃と思われる白髪の目立つ男性が、突然の訪問に怪訝そうな表情を浮かべ、入室して来た三人に、ソファーに座る事を手で促す。
「マゼランダ、どうした急に」
「この者が、無作法にも学長と今すぐ話がしたいと言って耳を貸さないのです。こんな我が儘娘ですもの、クロノス大公も、ご苦労されてらっしゃったのではない?」
マゼランダは言いながら、男性の隣りのソファーに腰を下ろし、ミシェールはその向かいに腰を下ろす。
警備員は中立を示すかのように、ソファーの間にあるテーブルの側で佇んだ。
白髪の男性はこの学校の学長で、マゼランダの母親の弟、つまり叔父である。
領地を持たないロドクロー伯爵家の当主で、ヤンジョシュ・ロドクロー。代々この学校の学長を任せられており、長男は教鞭を執って10年を超えている。
「所詮、平民という事だな。で?話とは?手短に願おうか?そろそろ昼食の時間だ」
ヤンジョシュが値踏みするように、ミシェールへと視線を寄こし、ミシェールは背筋を伸ばして答える。
「昨日の事は、お聞き及びかと存じます。なので、学長様のご意見を、お教え頂けますでしょうか?私の授業への参加禁止は、妥当だとお思いでしょうか?」
「勿論だとも。不届き者を婦女子の集まる敷地に招き入れたのだ。その所為で、現在警備の者を入れたのだぞ?男遊びが盛んだという噂は真のようだな」
「みっともなく足掻かず、大人しくしていれば良いのに。だから、こうしてご自身の不道徳を知る事になるのよ?お若い内に知れて良かったのかしら?大人になってからでは、目も当てられませんもの」
ヤンジョシュの隣りで、マゼランダが可笑しそうに手を口に当てた。
それにミシェールは首を横に振って応える。
「マゼランダ様には、先ほどもお伝えしましたが。私の身の潔白は証明されております。証言した職員をお疑いなのですか?」
「弱みを握ったか、金銭でも積んだのではないのかね?嘆かわしい。養女とは言え、準王族の籍に入っているのに、行いが伴わないのでは、大公が苦労されそうですな」
「本当に。従者と閨事に忙しいようですし、何のためにこちらにいらしたのやら」
蔑む視線を二人から送られ、ミシェールは隙のない姿勢で溜め息を吐いた。




