因果因縁 08 対する
スターゼフが、シモンをしっかり手当すると、宣言して連れ帰って行ったので、ミシェールは寮の部屋へと向かった。そして部屋のドアを開けた。
リルが食事に手を付けずに待っていて、ミシェールに眉を下げた顔を見せる。
「だい、じょうぶ?」
丸テーブルの席に付き、ミシェールは小さく頷き、リルの目をじっと見て、優しく伝わりますようにと、丁寧に口を開く。
「今回の事、あれ以上の謝罪は受け付けませんから。それに、リルを大事に思っているので、あんな事で、離れようと思わないで欲しいの」
シモンの火傷に気付いた瞬間、既に無くした物より、目の前にある大事な物を守るべきだと、ミシェールは気付いた。
身を挺して護ってくれていた騎士達、ミシェールと弟のエルバルトを見守り、安心して愛される事が出来る場所をくれた優しい三人、主張しないが心配りをしてくれていた使用人達、ずっと支え合っていて、今はお互いの成長が刺激になっているエルバルト。そして、目の前に居るリル。どれもが掛け替えのない者達だと。
リルが涙を浮かべ、何度も頷き、口を開く。
「騎士様がレイピアを抜く瞬間!恰好良かった!シュッ!と一瞬だったよね!」
「そうね」
「特別な訓練してるのかなあ。見た事ある?」
「騎士見習いは。騎士様の訓練はまだ早いと、見せて貰えなかったわ」
奪われた物に対する質問は一切せず、明るく話題を振るリルに、養母ヴィヴィアンナがミシェール達を悪くないと言っていた気持ちが、ミシェールは理解出来た気がした。
翌朝、リルを授業に見送って、勉強机の引き出しを開け、そこにあった筈の物がない事を再確認し、ミシェールは溜め息を漏らす。
三人の大人が刺繍してくれて、試して負傷したもう一人、合わせて四人の気持ちが籠もった物で、ミシェールが勉強を頑張ろうと思えるお守りであったのだ。
引出しの奥から、手紙用の便箋を取り出し、一緒に入っている封筒をそっと開く。
手紙用の便箋と同じ柄の封筒の中に、色も柄も入っていない便箋が、折り畳まれて入っている。
それは、消化出来ない気持ちを書く便箋で、クロノス城に手紙を送る時、一緒に入れて、向こうで貯めて貰っている物だ。
何枚かある物から、昨夜入れたばかりの便箋を、ミシェールは取り出した。
ミシェールは、母に対する物ではない言葉を、初めてその便箋に吐き出していた。
リルにあれ以上気にかけて欲しくなくて、悲しい気持ちと、悔しい気持ちと、四人の気持ちを無下にされた怒り、なぜあんな事をしたのかと理不尽に対する言葉を、思いついた順番に書き連ねた事で、ミシェールは封印したのだ。
左手の人差し指に嵌めた、家紋の入った指輪を見て、ミシェールは手紙用の便箋を一枚取り、勉強机の棚から万年筆とインクを取り出す。
つい一昨日会ったばかりで、馬車での移動に朝から夕方まで掛かる距離。
だが、昨日の騒動はすぐに届く筈で、それを知ったミハエルが、ミシェールから何も届かなければ、遠慮をするなと怒る事は、安易に想像出来てしまい、その想像は確実だろうという信頼もしている。
だから、素直に『会いたい』とだけ書いた。
届け先は寮の近くにある借家で、こちらに残っている騎士達が休む場として、借りているのだとスターゼフが説明したのだ。
本来聞かされていた連絡先では、すれ違いの恐れがあり、ミシェールはそちらを選んだ。
その封筒を手に、ミシェールは制服をキチリと着用し、後れ毛をピンで留めるという、通学スタイルで、寮棟から管理棟に入る。
以前は居なかった警備員に呼び止められ、頭をチラリと見て言われる。
「謹慎中の方ですね?その様な恰好でどちらへ?」
「マゼランダ様に、お目通りをお願いしたく存じます」
背筋をピンと伸ばし、ミシェールが答えるも、警備員は怪しむように上から下まで見て、寮棟を見やり、またミシェールを見る。
「どの様なご用件で向かうのか、お伺いさせて頂きます」
「話し合いをさせて頂きたく。それとも、この学校では生徒の意見を聞かず、一方的な思い込みで、生徒を不当に扱う事は普通なのでしょうか?」
「不当?部外者を連れ込んだと聞いた。だからこその謹慎であろう」
「そこに至った理由がございます。私を罰するのなら、その理由を作った方も罰するのが平等ではないでしょうか?違うとおっしゃるのなら、私が納得出来るよう、お教え願います」
「む?」
歪んで伝えられているのであろう、警備員は小さく唸って、少し考えるように無言が続き、顔を上げる。
「私では判断しかねる。なので、同行させて頂こう」
先導するように先を歩き出した警備員の後に続き、ミシェールは姿勢良く歩く。途中、すれ違う警備員にチラリと見られたが、先を警備員が歩いているからか、何も言われる事なく、1階の管理人室まで辿り着く。
警備員がノックと、入室の挨拶をしているのを眺めながら、ミシェールは一度深呼吸をする。
『胸を張って下さい。大丈夫です。だって、ミシェール様ですから』
昨日の彼の言葉と、
『じゃじゃ馬め』
皮肉気な声が聞こえた気がして、ミシェールは小さく頷いた。
警備員がドアを開き、入室を促される。
ドアが開くと、執務机に向かって座っていたマゼランダが、不愉快そうにミシェールを見やる。
「その恰好は?授業はご遠慮頂くと宣告した筈ですが」
マゼランダは、問題のある生徒に授業への参加を禁止する権限が与えられているので、禁止した筈のミシェールが制服を着ている事に機嫌を悪くしたようだった。
「話し合いをしたいと思い、学生としての正装でお邪魔しました。ドレスをご希望でしたら、着替えて参ります」
ドアから一歩だけ入りそう言い、ミシェールはマゼランダを見つめた。
それを真っすぐ見返し、マゼランダは顎を上げる。
「そのままで結構よ。それで?」
「マゼランダ様と、学長様にご機会が必要かと、私なりに考えた次第です」
「機会?なんの?」
「釈明と謝罪。そして、皇帝陛下を侮辱する意思がないと表明する機会です」
鼻で笑ったマゼランダに、ミシェールは静かに告げた。
それに、警備員が息を飲む。『釈明と謝罪』が何に対してかは分からなかったが、『皇帝陛下を侮辱』の言葉を、聞き逃す事が出来なかったのだ。




