因果因縁 07 久しぶりの
「何の騒ぎですか!これは!」
灰色のワンピースを着て、濃灰色の長い髪を後ろで団子にした30代後半頃の女性が、焼却炉周辺の惨状に悲鳴を上げた。
辺りには、騎士学校に通う女生徒達が、遠巻きに居て、ヒソヒソと囁き合っていた。
「クロノス嬢!やはり貴女ですか!」
焼却炉の近くに立っていたミシェールの姿を見つけ、女性が近寄ろうとすると、燃えカスを探っていた、黒髪の騎士が、素早くレイピアを抜き、近寄る事を遮ると、生徒達から悲鳴が上がる。
「なんのおつもりです!このような暴挙!」
30代女性が、黒髪の騎士を睨むと、隣りの敷地から騎士学校の教諭達が手に剣を携えて集まり、焼却炉の周りを取り囲んでいき、
「武器を捨てろ!」
20代の男性教諭が叫んだ。
「待って!この人達は、捨てられたミシェールの物を探しているだけなの!悪くない!」
ミシェールの肩を抱いたまま、リルが精一杯叫び、教諭陣と30代女性の視線を集める。
30代女性が眉を不愉快そうにあげ、首を傾げる。
「捨てられた?この学校に、そのような不届き者はおりません。もし、それが事実だとして、クロノス嬢の日頃の行いに問題があるのでは?ああ、きっと侵入者の仕業でしょう。まさか騎士学校に侵入する者がいるなんて、思いもしなかったわ」
芝居がかった仕草で手を叩き、女性が周りに居る生徒達に微笑みかける。
「騒がせたわね。大した事ではないわ。解散なさい」
その言葉に、生徒達が渋々と寮に入り、剣を構えていた教諭陣は女性を守る様に集まり、女性は黒髪の騎士に微笑みかける。
「それを、下ろして頂けます?私怖くて、話し合いも出来ないわ。エクレナールでは、女性にこのような無体をなさるの?」
黒髪の騎士はそれには答えず、燃えカスを探っている人物を見やる。
無言で首を振られ、黒髪の騎士が長い息を吐いた。
それに、女性が苛立だしげに口を引き攣らせる。
「聞いてらっしゃる?それとも、言葉が通じないのかしら?通訳出来る方いらっしゃらないの?ねえ、クロノス嬢?伝えて下さらないかしら?」
黒髪の騎士が、口を開こうとする前に、隣に来たミシェールに、細い手を翳され、口を噤んだ。
「お騒がせした事は、謝ります。この方は私を護ろうと、職務に忠実なだけ。騎士道をお教え下さる先生方なら、ご理解頂けるかと思います」
黒髪の騎士の前に立ち、ミシェールが教諭陣を一人一人見て、最後に女性を見る。
「マゼランダ様も、ご理解下さい。騎士の卵を見守る管理人ならば、騎士の忠誠が主君にとってどれだけ心強いかを。その忠誠心に、国の違いはありません」
言いながら、ミシェールが右手を上から下へと下ろしたので、護衛騎士はレイピアを下ろし、鞘に納めた。
それを見て、マゼランダと呼ばれた女性が鼻を鳴らして、顎を上げて言う。
「おっしゃる事はご立派ですわ。ただ、悪い噂が目立つご自身の行いを、一度良くお考え直す必要があるかと思います。勝手に部外者を敷地内に招き入れた事は、いかなる理由があろうとも、褒められた事ではございません。なので問題にさせて頂きます。学業は暫くご遠慮願います」
頭を下げず、マゼランダが囲む教諭陣に解散を告げ、寮へと入っていった。
教諭陣を見送り、ミシェールはリルの方へ向きゆっくり言う。
「リル、心配かけてごめんなさい。来て下さって心強かった。ありがとう。騎士様と話をしたいから、先に戻って欲しいの」
「あたしのせいで、大切な物を、捨てられたんでしょ?」
リルがミシェールに歩み寄り、ミシェールの前で頭を下げる。
「本当にごめん」
「違うわ。悪いのは、行動した人。心を殺したくなくて。私が選んだの。だから頭を下げないで欲しいの」
「うん。ありがと。じゃあ、先に行くね」
目元を拭いながらリルが顔を上げ、ミシェールに笑顔を向けて、騎士二人に頭を下げてから、リルは寮へと戻っていった。
-(エクレナール語での会話)
「スターゼフ。堪えて下さってありがとう」
庭園に騎士2人とミシェールだけとなり、ミシェールが黒髪の騎士に声をかけると、黒髪の騎士スターゼフはその場に跪く。
「勿体ないお言葉です」
スターゼフに肩を叩く事で立つ事を促し、ミシェールはまだ燃えカスを分けている騎士の肩を叩く。
「もう、十分です。ありがとう」
「まだです。お嬢様の大切な物だと、私達は知っているのです」
「顔が、見たいの。久しぶりでしょ?」
頭を振り、燃えカスを探っている騎士の二の腕の袖を、ミシェールは掴む。
ゆっくりと騎士が腰を伸ばして振り返り、眉を下げた顔を見せた。見慣れていた筈の顔は、子供ぽさが大分抜けているが、申し訳なさそうな表情が、池に落ちた時の表情を思い出させ、ミシェールは自然と手が伸びて、少し高い所にある頬を撫でる。
「シモン、笑顔を、見せて下さい」
「お嬢様、なりません」
そっとミシェールの手を離し、騎士シモンが顔を横に振り、一歩後ずさる。祖国エクレナールに居ると思っていた筈の、シモンとの再会を懐かしく思いながら、それを追うように、ミシェールは一歩歩み寄る。
「シモンさんの、笑顔が、見たいのです」
「そう、言われましても、何故でしょう?」
「私の代わりに、笑って下さい。ハンカチなら、またお願いすれば良いと。だから、大した事ないのだと、笑い飛ばして、欲しいのです。シモンさんに」
ミシェールの懇願に、シモンが息を飲み、一度目を閉じてから跪いて、ミシェールの右手を優しく包み、微笑みかける。
「ご心配要りません。お嬢様がお願いすれば、嫌というほど、あの方々は用意して下さいます」
「ええ」
「お嬢様が、ご家族を大事に思っている事は、皆が分かっております」
「ありがとう」
「胸を張って下さい。大丈夫です。だって、ミシェール様ですから」
小さく頷き続けるミシェールに、シモンがそう言って、精一杯の笑顔をミシェールに向けると、ミシェールが息を吐く。
「変な、理屈ですね」
「俺は、初対面から変なんでしょ?」
「そう、でした」
「無くした物は、確かに大事な物ですが、それを守る為に、お嬢様がお怪我をなさいますと、皆さんが悲しまれます」
「はい」
「なので、ご自身をお大事になさって下さい」
「はい」
すんなりとシモンの声が届き、ミシェールは少しずつ落ち着いて来て、自身の手を掴む手が視界に入った。
腕は赤い筋がいくつもあり、手袋は煤で変色していて、握られた手からごわついた手袋の感触が伝わる。そして、気付いた。焼却炉に腕を突っ込んでいたという事、焼却炉の排出口の取っ手を握ったという事実を。
「手を火傷、されてますよね?」
「大した事はありません」
「そんな訳!」
眉を下げたシモンに、ミシェールは慌てて左手でシモンの手を取ろうとし、触ったら痛いだろうと気付き、側に立ったスターゼフを仰ぎ見ると、スターゼフが落ち着いた声で言う。
「お嬢様。お嬢様を守る事が我々の任務。職務で負った怪我は勲章です。そのように嘆かれるのは、騎士の働きを無碍になさる事。労って頂く事こそが、我々の働きに対する何よりの褒美。どうか、シモンに褒美を」
ミシェールはスターゼフと、シモンを何度か見てから、小さく息を吐き、シモンを真っすぐ見つめる。
「働きに、感謝します。スターゼフも。ありがとう」
続いてスターゼフを見たミシェールに、騎士の二人は頭を下げた。




