因果因縁 06 動揺
暦は秋に変わろうとしていた。
ベネルオースはエクレナールより夏が長く、まだ暑い日が続いている。
ミハエルはまだベネルオースに居て、帝都で仕事をしながら、週末はミシェールに、会いに通ってくれている。
ただ、王籍を離れたとはいえ王族が来訪している事が、ミシェールの耳に入って来ない事は、ミシェールは不思議であった。
相変わらずリル以外と話せる同級生は居ないが、同級生が何やら色々噂している内容は、それとなく耳に入るのだ。
その噂の内容の一つに、ミシェールが通いの下男と良い仲らしいという、なんとも不思議な物がある事に、ミシェールは聞く度に首を傾げたくなる。
そして貴族令嬢はこれみよがしに、ミシェールを嘲笑するようになっていた。
「昨日も出掛けていらしたわ。あんな熊みたいな男、私なら一緒に歩く事さえ願い下げなのに、エクレナールでは、あれが魅力的なのかしら」
授業に向かっていると、令嬢が隣の令嬢に言っているように見せかけ、ミシェールを嘲笑う。
「元平民なのですもの、下賤な者しか従者が見つからなかったのでは?」
同調した令嬢の言葉を聞きながら、毎度同じ事しか話題に出来ないのだろうか?とミシェールは不思議に思う。
エクレナールでは何を教えてるのかと、ミシェールを貶す為に母国を悪く言ったり、ミシェールと従者が町へ消えた、みだらな格好をした従者が、ミシェールに迫っていた、二人きりで過ごしたらしい等、聞こえるように色々と言われているが、ミシェールはそれを無視していた。
出掛けたのだから、町に行くのは当たり前の事じゃないだろうかと、噂の一部に疑問はあるが、勉強出来る事が重要だったので、ミシェールにとって些末な事だった。
一度、寮の管理人に事情を聞かれたが、疚しい事はないので、後ろ暗い事は何一つとしてないとキッパリと伝えた。
面接室の職員の証言もあり、ミシェールは身の潔白を証明出来たので、堂々としていれば良いと思っていたのだ。
その日の夕方、ミシェールはリルと一緒に夕食を受け取り、部屋へと戻っていた。
食堂もあるが、貴族令嬢の部屋と比べ、平民の部屋が狭い為に、食堂はほぼ平民が占めていたので、貴族令嬢は部屋で食べる事が暗黙の約束となっており、ミシェールとリルもそれは同じであった。
もう少しで自分達の部屋に着くという時に、朝とは違う貴族令嬢が、ミシェールの前に立ち塞がる。
「大公令嬢様はぁ、私達と同じご飯なんてぇ、お口には合わないのではないのですかぁ?あ!平民とお付き合いされてるからぁ、平民に戻られるのですかぁ?」
その隣りの令嬢がクスクスと笑う。
「元平民なのですもの。慣れない令嬢生活にお疲れになって、慰めて頂いていらっしゃるのではない?」
「ミシー様、相手にしちゃ駄目だから」
短く言って、リルはミシェールと令嬢達との間になるように立ち、その場を去る事を促す。
ミシェールが来るまでは、リルも浮いている存在だった。平民は平民同士で、貴族令嬢はリルを除いて結束していた。
鍛錬で二人一組の時に、リルは平民の子と組むが、他の令嬢に避けられているリルと組む事が不満のようで、いつも嫌そうな表情を浮かべられていた。
貴族令嬢達の中に、貴族学園で同じクラスだった令嬢がいて、加害者側にこっそり付いていて、リルの両親の事を笑っていた一人だった。
試験会場で顔を合わせた時に、本心ではなかったのだと謝罪はされた。だが、入学式で、何事もなかったように、笑顔で声をかけられ、この人とは合わないと、リルは距離を置く事にした。
そして、寮の部屋割りで、一人になった事と、リルが距離を置いた事で、その令嬢はリルを排除するようになった。
貴族学園の頃のような事はなく、リルを呼ばないで同級生を集め、誘ったのに来なかった等と嘘をつき、リルを孤立するよう、同級生達を煽ったのだ。それにリルが気付いた時には、すでに孤立した後だった。
その、リルを孤立させた令嬢が、ミシェールを率先して嘲笑している令嬢だった。
部屋に着き、部屋の中央にある丸テーブルに、リルは溜め息と共に食事の乗ったトレーを置き、口を開く。
「ごめん。あたしのせいだよね」
ミシェールとリルが会話するようになった時、例の令嬢は、ミシェールを自分の派閥に入れようと近寄って来たのだが、リルを遠回しに悪く言っていたので、ミシェールは相手にする価値なしと判断し、適当に会話を切り上げていて、例の令嬢は、ミシェールも排除対象へと変え。そして、他の令嬢も、それに同調している。
「何を言われても、特に何も。悪く言う為に待つなんて、お暇なのかしら」
トレーを丸テーブルに置き、ミシェールが不思議そうに首を傾げたので、リルは苦笑するしかなかった。
その時、部屋のドアが開かれ、例の令嬢が見下す様に笑う。
「先ほど、この部屋から熊のような影が、出て行ったと聞きましたわ。何か盗まれていらっしゃらないか、心配ですわ」
後ろでは別の令嬢が
「早くお探しになった方が」
と、言ったので、何かされたのだと悟り、リルとミシェールは自身の荷物を確認する。
リルの荷物は少なく、授業に必要な物と、必要最低限の衣服のみ。その全ての無事を確認した時、ミシェールが例の令嬢の肩を掴んでいた。
「どこに、あ、」
言葉が出ないのか青褪めた顔で、口をパクパクさせるミシェールに、例の令嬢は満足そうに笑う。
「そういえば、この時間は焼却炉でゴミを燃やすお時間だわ。ゴミを」
それを聞いた瞬間、ミシェールは令嬢から手を離し、廊下を走り出した。
リルはそれを追うべく、令嬢とすれ違い様、キツク言い放つ。
「最低だ。アンタ」
ミシェールが寮の庭園の端にある焼却炉に着いた時、煙が上がっていた。
息が詰まる思いをしながら、慌てて走り寄ろうとすると、
ピュイ----と甲高い音が辺りに響き、ミシェールの横を赤が走り抜けた。
ミシェールが何を?と思う間もなく、人影が迷う事なく、焼却炉の排出口の蓋を開け、近くに置いてあった長い金属棒で、中の物を庭へと掻き出していく。
焼却炉に辿り着き、それに触ろうとし、ミシェールは左肩を掴まれた。
ミハエルの腹心の、黒髪の騎士だった。
「なりません。お任せを」
そう言うやいなや、黒髪の騎士は騎士服の上着を脱ぎ、ゴミに点いている火を消していった。
「何を探せば?」
ゴミを搔き出している人物の、赤い髪の間から真剣な目がチラリと見えて、ミシェールは泣きたい気持ちになったが、堪えて答える。
「ハン、カチ。記念に、頂いた」
「了解です。水を、お願いします」
言われて、ミシェールは近くの井戸まで走り、焦る気持ちを抑え、水をくみ上げる。
リルは、井戸まで走って向かうミシェールの姿を見て、後を追ってすぐ追いつき、ミシェールと二人で、水を焼却炉へと何度か運び、焼却炉の中の火がくすぶると、ゴミを掻き出していた人物は、騎士服の上着を脱ぎ、腕まくりをした手で、中身を庭へと出していく。
青褪めて震えるミシェールの肩を抱き、リルは唇を噛み、庭に広がったゴミと燃えカスを眺める。
それを、見慣れない騎士が二人、必死の表情で掻き分けていた。




