因果因縁 04 養父
週末、ミハエルが再びミシェールを訪ねてきて、あまりに早い再訪に、ミシェールは面会室で溜め息を吐いた。
「早すぎかと思います」
「お嬢様がお出掛けをなされていないとお聞きしました。勉強も大事ですが、息抜きも必要かと存じます。今日は騎士が同行しております故、ご一緒にいかがでしょう?」
そう言って、ミハエルが職員に見えないようにウインクしたので、ミシェールは溜め息を吐く。
「外出許可を頂けば、満足されるのね」
にこやかに頷きで返され、ミシェールは面会室から出て寮の管理人に許可を取り、ミハエルと揃って寮から出た。
角を曲がり、寮が見えなくなると、ミハエルが急いで三つ揃えのボタンを外し、着いて歩く騎士に上着を投げて預ける。
「これはこれで面倒だな」
「お義父様、普通に会いに来て下されば良いのでは?」
「傅かれるのはもっと面倒だ」
溜め息まじりのミシェールの提案を、あっさりと拒否し、ミハエルがエスコートの肘を差し出す。
ミシェールがその肘に手を乗せれば、ミハエルが思い出し笑いをする。
「修道院で会った時は、あんなに警戒してたのにな?」
「状況が違います。それに引き取ると強引におっしゃったのはそちらです」
「あいつにまで似る事ないだろ?」
「元々かと」
肩を震わせて言われ、ミシェールは納得出来ずに反論した。
兄のデューがたまにミハエルに対して慇懃無礼に対応しているのと比べられたと、ミシェールは思ったのだ。
だが、可愛げのない物言いは、修道院で過度に構ってくる男子に対応している内に、自然と身についたものだ。
デューのそれも、きっと同じなのだろうとミシェールは溜め息を吐く。
この厄介な人に仕えているのだ。そうでもしなきゃ平穏が保てなかったのだろうと、ミシェールはデューの苦労を思いやった。
それを、ミハエルが優しい声で否定する。
「いや。前はこれ以上踏み込むなて、拒絶の壁があったが、今はそれがない。良い変化だ」
その声が嬉しくて、ミシェールは足元を見て歩く。
足の長さが圧倒的に違うのに、ミハエルの歩く速さは、ミシェールと合わせてくれていて、言葉にしない優しさに懐かしく感じた。
幾つか通りを過ぎたり曲がったりして着いたのは、町の軽食屋だった。
なぜか裏庭へと通されると、久しぶりの顔があった。
デューの同期で悪友だというベイツだ。
茶色の髪と茶色の瞳の彼が、目を細める。
「お元気でいらっしゃるようで安心しました」
「あの人は、元気ですか?お義母様は?バルは困っていないでしょうか?」
ミシェールから溢れた質問に、ベイツが苦笑を浮かべる。
「この人に聞かない辺り、あいつと一緒ですね。様子を見て来て欲しいと頭を下げられました」
ベイツに指差され、ミハエルが鼻に皺を寄せて、裏庭に張られた天幕の下の椅子に座る。
「揃いも揃って、人をなんだと」
「信用も信頼もしてますが、素直に教えて頂けないだろうと思いました」
ズバリとミシェールが返せば、ミハエルも反論出来なかったのか、つまらなそうに口を結んだ。
向こうが元気な様子が、ベイツから報告され、ミシェールは安堵の溜め息を吐き、用意された食事を口に運ぶ。
懐かしい味に目を瞬かせると、ミハエルがベイツを指差し言う。
「そいつに作らせた。少し痩せてるように見えたからな。まだ慣れてないのか?」
「少し、戸惑っているだけです。徐々に慣れると思います」
「無理はするな。暫くこっちに居るから、週末はしっかり食べて、そいつを安心させてくれ。変に密告されると、二人とバルが煩いからな」
「それでは、こっちの味に慣れないままになってしまいます。我が儘で国を渡ったのです。これくらいは乗り越えたいです」
小さく首を横に振り、ミシェールは食事を口に運ぶ。
ベネルオースでは香辛料がふんだんに使われていて、アクセント程度にしか使わないエクレナールとの違いに、ミシェールは食が細くなっていた。気付かれてしまった事に適わないと思うと共に、嬉しくもあった。
「それは分かるが、痩せてたら心配になる。俺達を安心させる為にも、しっかり食べて体力を付けてくれ。騎士になるなら、体調管理は基本だろう」
「はい」
ミシェールが素直に頷いた事で安心したのか、食べ終わるまでミハエルは黙って見守っていて、ベイツと護衛騎士は裏庭に人が近付かないように警戒していた。
ミシェールが食べ終わると、ベイツがお茶を入れ、食事の食器を軽食屋の厨房へと持って行く。
それを目で追い、ミシェールはお茶を一口飲んでから、ミハエルを見る。
「あの、お義父様に、名を、呼んで頂きたい。です」
久しぶりに会ってから、面会室で『お嬢様』と呼ばれる事に、一抹の寂しさを感じていて、ミシェールは思い切って願ってみた。
護衛騎士が二人に背中を向け、それを確認し、向かいに座っているミハエルが目を細め、身を乗り出し、頭を撫でる。
「異国の地で一人で良く頑張ってるな。シェリー。自慢の娘だ」
「ありがとう、ございます。また、頑張れます」
「何だ、弱ってたのか?」
可笑しそうに笑い、ミハエルがミシェールの鼻を摘んだ。その鼻を摘む手の腕に、ミシェールは両手で触れる。
「お義父様に、名を呼んで頂けると、嬉しく思います」
「そうか」
とだけ漏らし、一度ギュムと少しだけ鼻を摘む手に力を込め、ミハエルは手を引っ込め、
「なら、会う時に一度だけ呼んでやる」
と口の端を上げて笑ってみせた。
ヴィヴィアンナとデューだったなら、これでもかと名を呼び続け、ミシェールを呆れさせるのだろうが、ミハエルの絶妙な提案が、ミシェールには心地良く思えて小さく頷く。
「次に会う事が面倒ではなくなります」
「そっちが面倒だろうと、押しかけるから、諦めろ」
悪どく笑い、机に上半身を投げ出し、腕に顎を乗せ、ミハエルが小さい声で言う。
「内密だが、イネッサ妃殿下が懐妊された。そろそろ公表されるだろうが、皇帝陛下に報告しに来たのが仕事の1つだ」
「妃殿下が。本当に仕事だったのですね」
「皇帝陛下はご存知だろうがな。逐一こちらから報告する事で、皇帝陛下に誠意を示す必要がある。他にも会う人間が居てな。中々面倒だ」
余程面倒なのか、ミハエルが渋い表情を浮かべ、頬を腕に乗せた。
軽食屋の厨房から戻ったベイツが、その姿に溜め息を吐き、諦めた表情で顔を横に振る。
ミシェールは、ミハエルの言葉に少しだけガッカリしていた。
仕事だというのは、ミシェールに気を使わせないための口実だったら良いと思っていたのだ。
勿論、仕事が嘘だとしたら、申し訳なさを感じるので、難しい娘心である。
目の前にあるミハエルの頭を、ミシェールはそっと撫でる。
「お疲れ様です。ご無理なさらないで下さいね」
「面倒なだけだ。それに、娘の頑張っている姿を見れるんだ。役得だろ?二人の悔しがる様を見せたいと思ったくらいだ」
ムクリと顔を上げ、ミハエルがニヤリと笑った。




