因果因縁 03 リル・マクマナン
帝国の西の端にある、小さな町で木炭業を担っているマクマナン子爵が、リルの家だ。
先代までは成り立っていたが、昨今の石炭への移行で、先細りとなり、爪に火を点すような生活となっていた。
マクマナン子爵の子供は三人。
兄は21歳で、皇城に文官として働いていて、姉は帝都の貴族学園の最上学年だ。
その姉は17歳。濡れた様な黒く長い髪と、すっとした鼻とぷっくりした唇、オレンジ色の瞳が悩ましい程に人を惹きつけているが、落ち目のマクマナン家と縁づく事を敬遠され、婚約話までには辿り着かず、姉は皇城で女官として働く事を望み、晴れて試験が受かった所だ。
そして、リル13歳。
姉とは異なり、明るい茶色の髪は毛先が跳ね、小ぶりな鼻、唇は人並み、オレンジ色の瞳は丸みがあり、小柄な背も影響し、幼く見られるのが悩みだ。
昨年、帝都の貴族学園に入学し、リルは帝都の令嬢からの冷笑を集めた。
あれがあの妹なのか。と、魅力的な姉と良く比べられ、絞り粕なのだと揶揄された。
姉の事は好きだし、自慢でもあるのだが、生まれ持った物で比べられるのは、卑屈になりそうで辛かった。
姉には決して言えないが、姉へのやっかみを、リルへぶつける上級生もいた。
子爵令嬢だから、上位貴族からの頼みは断れず、代わりに課題をしたり、靴を磨く事、教室で一番に出迎える事を貴女の為よと求められ、お茶会では、話以外で楽しませる事、酸っぱいお菓子を完食する事を求められた。
名前を呼ばれない事にも耐えていたが、両親の事を悪く言われ、リルはここには居られない。と決意し、両親に退学したい事を侘び、騎士学校に入りたい事を伝えた。
騎士学校は、平民を対象とした機関だった為に、入学費、授業料は掛からない。制服も、購入出来ない者には先輩からのお下がりが格安で買える事が出来る。
両親は理由も聞かず、認めてくれて、試験を受けて、初春に入学をした。
周りは平民が多く17人、貴族令嬢は5人だった。
寮の部屋割りは、平民は平民同士で部屋割りされ、三人部屋が5部屋と二人部屋か1部屋、貴族同士は二人部屋しかなく、リルが余ったのだった。
最初の内は、一人部屋である事が羨まれたが、貴族学園からの悪縁の結果、リルは孤立していた。
そして、遅れてリルの相部屋相手として、ミシェール・アン・クロノスが編入して来た。
離れたエクレナール国の出身で、大公の養女だと挨拶したその女性。
13歳が入学対象の中、15歳で一年に編入し、他国から来た事、大公の養女という事、そして容姿で大変に目立った。
前髪を後ろへと流し、頭の形が分かる短い銀の髪、緑の目は少し細く、薄い唇は常に引き締まっていて、少し冷たい印象のある顔つき、長い手足とすらりと高い背で、生きているのだろうか?とリルは思った。
話す声も物静かで、感情の起伏が読めず、表情もないので、同級生の誰もが、ミシェールを遠巻きにしていた。
鍛錬の授業は、生徒数が足らない事と、彼女の背が高いので、教師が組む。それさえも、息を乱さず淡々と過ごす様子に、平民達は影で、氷人形と言うようになっていた。
部屋では挨拶以外の雑談はなかった。
貴族学園での嫌な経験から、上位貴族に対して良い印象がなかったし、相手は他国の大公令嬢。失礼があれば、貧乏子爵家など、簡単に消えてしまうのだ。
何より勉強と鍛錬に集中出来るなら、気にする必要がなかった。
貴族学園では、授業以外の時間の呼び出しが多かったので、勉強が満足に出来ていなかったからだ。
夏の長期休暇、リルは行き来する旅費が勿体無くて、帰省しなかった。
他の貴族令嬢が帰省する中、ミシェールは帰省しなかった。
何故なのかと問う事もせず、外が静かになり、リルは勉強と鍛錬にさらに集中出来る事を感謝していた。
所が、夏が終わりに近付いたある日、ミシェールに客が訪れ、彼女の纏う空気が柔らかくなった。
表情は相変わらずなかったが、勉強している時に、たまに指でトントントンとリズムを刻んでいたのだ。
そんな一面もあるのか。と思い声を掛けた。
返ってきた言葉は、予想外の客で浮かれていただけだという事だが、そんな事で浮かれる彼女に興味が沸いた。
だから、言葉遣いを丁寧にしないで欲しいと願った。丁寧な言葉遣いは、何だか距離を取られているようで、嫌だと思ったのだ。
そして、失礼だが意外にもリルの名前を覚えていて、それを当然だと言ってくれた。
そしてリルの愚痴に、養父の言葉なのだと、静かに教えられた言葉。
その言葉に、リルは救われた気持ちになった。
両親が掻き集めた貴族学園の入学費用は、ずっと引っかかりがあり、あんなに苦労してくれたのに、辞めてしまったのだと、何度も後悔していた。
両親の事を悪く言われる事が、何より許せず、かといって言い返せない事実。心を殺して通い続ければ良かったと思っていた心に、『心を殺すな』の言葉が刺さった。
養父にあそこまで言わせる程、目の前の表情のない女性は、辛い経験をしたのだと、やっと彼女が理解出来て来て、もっと知りたいと思った。
『最高の父親』だと心からの称賛をしたリルに、ミシェールの雰囲気が明るくなり、『自慢の父親』と答えた。
感情がない訳ではなく、表に表現出来なかったのだと、リルは悟った。どんな壮絶な人生だったのか?と、リルは貴族学園での辛い日々が、ちっぽけに見えた。
リルの両親を良い両親だと言ってくれた事も嬉しかった。
話しをしてみれば、本当に家族思いで、家族の誰もが自慢のようだった。
帝都の上位貴族令嬢と異なり、リルを全く見下さず、目をじっと見てリルの話を聞く様は、何だか幼く見えて、早く友達になっていれば。と思っていたら、ミシェールからの『お友達になって』だ。
友達だと思っていたのは、自分だけなのかと、少し悲しかったが、ミシェールの壮絶だっただろう過去を思えば、納得出来た。
この可愛い存在をどうしてくれよう。と思ってそのまま言えば、はしたないと言われたリルの笑顔が素敵だと言われ、こんな自慢出来る友達が出来た事に、この学校に来て良かったと、自身の選択を認める事が出来た。
そして、可愛い友人が、帝都の貴族学園に行かなくて良かったと心から思った。




